タスク管理というものについて。タスクは管理すればいいと思っていたことがある。ごく最近まで思っていたし、もちろんそれが完全に間違っているとは思っていない。管理をしないよりは、した方がいいだろう。だけど、管理をすればなんとかなると思っていた。これが間違いであるということに気づいた。
どういうことかというと、つまり、タスクを管理するということを一番重視してしまっていたということだ。それが間違っていることは、ぱっとわかる人もいるだろうし、わからない人もいるだろうし。僕はそれがわかっていなかったのかもしれないと思っているんだけれども。
とにかく、管理をするというのは、つまりタスクというものがある状態で、それをこう管理するわけだ。どの順番でやるのか、今どれをやらなきゃいけないのか。もしくは新しいタスクが出てきたときに、すぐにやるのではなくて、どこかにしまっておくということが管理するということだ。
これを、例えば何か別のことに例えてみよう。うまくいくかわからないが、そうだな。例えば食べ物で考えてみよう。食べ物があります。食べます。これは非常にシンプルだし、食べたらなくなるし、これは食べ物を管理しているとは言えないだろう。管理しているとは言わないだろう。
そして、じゃあ食べ物があります。それをしまっておきます。保管しておきます。これは管理しているとまでは言えないかもしれないが、しかしその始まりではある。食べてしまうよりは、管理していないとは言えないというか、管理していると言ってもいいかもしれないね。しまっているということによって、管理をしなくてはいけなくなっているのかもしれない。ここでは管理が何なのかということは置いておいたとして。
なぜならば、放っておいたら、どこかにしまった食べ物はずっとそこにあるわけだ。どんどんいろんなものをしまっていって、増えていってしまったり、そのうちしまう場所がなくなってしまったり、もしくは古くなって腐ってしまったり。あとは、そもそもしまう場所を忘れてしまったり、しまった場所を忘れてしまったり。その場で食べてしまう、なくしてしまうということに比べて、どこかにしまっておくというだけで、一気にこんなに複雑なことになっている。ややこしいことになっている。これがじゃあ2個、3個、4個、10個となっていくたびに、どんどん状況はややこしくなっていくわけだ。
ここまで読んだ人はシンプルな結論にもう気づいてしまっただろうが、タスクというものを管理しようとするというのは、間違いとまでは言わないけれども、とにかくなくすことが大事なんだ、ということに気づいていなかったような気がする。つまり、うまく管理をすればうまく消化できるとは思っていたけれども、タスクはそもそもなくさなきゃいけない。なくすということと管理をするということの順番を間違っていたのかな、ということを最近思う。タスクがなければ管理をする必要もない。
まあ、そうは言ってもそんなにうまくはいかなくて。じゃあ今やっていることがあって、そこに割り込みで何か一つやらなきゃいけないことが生まれたときに、ここで今すぐにそれをやるのか、もしくはそれをどこかに取っておくのかという二つの選択肢があって。当然、常にその場でできるわけではない。まして、もしかしたらその割り込みタスクをやっている間に、さらに新しいタスクが出てくる可能性もある。そうすると、無限に手をつけ続けて、無限にすべてが終わらないという状況になってしまうし、それはそれで全くよくはない。
とにかく終わらせるということ。結局問題は、この割り込みタスクなわけだ。割り込みタスクというものがこの世に存在しなければ、一つ一つのタスクを終わらせていけばいい。もし割り込みというものが存在しなければ、一つを終わらせて、また一つを終わらせればいい。
だから、もちろんタスク管理というのは、管理をすることによって、例えばシンプルに言えばリストを作って新しいタスクを後ろに追加していくことによって、割り込みタスクを発生させない。つまり、とにかくできるだけ早くそのことを手放す。リストに書くことで手放す。そして、それによって今は今やっていることをやる、ということをやるわけだから。タスクを管理するということの理想は、またそこにあるはずなんだけれども。
実際には、なかなかそうはならない。まず、管理をするということに非常に時間を取られるからだね。このことは、当たり前のことに、当たり前のように今さら気づいたということではあるんだけれども。もう一度、もう少し考えてみたいな。タスクは管理するのではなくて、なくすものなのだと。
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