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書く実験の記録 · Aug 12, 2026

#931 すべてのフレーム

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池田航成 · 書く実験の記録

作ることを作る、作り方を作る。そういうのは、まあ、考えてはきたし、標榜してやってきた部分もあるけれども、作り方については偉大な先人がね、もちろんいるという前提なんだけれども、同じことを繰り返して新しい結果を得ようとするのは間違いである、みたいな話もあるし、もちろん、この「作り方を作る」という考え方には根本的に賛成だし、そのように考えている。作り方から作るのだ、みたいなね。

ただ、これもまた弱点があるなと、そこに傾倒しすぎてもよくないなと。まあ、すべてのことにはいい面とそうでもない面というものがあるわけなので、これについてもそういう側面はあるなと思っていて。一つは、最終成果物への執着が薄くなるということ。

例えば、その、非常に、なんだろうな、ミニマルな、例えばというか、Processingで何かこう、ランダムな数字を使って、ランダムを使って描画を作ったとして、それが一回性の絵なのか、常に移り変わるものなのかわからないけれども、例えば、それが常に移り変わるものであれば、その一フレーム一フレーム、一瞬一瞬のすべてが、自分にとって理想的にかっこいい状態である、かっこいいという価値観もまた一面的であるが、自分が理想的に良い絵であると思っている、ということは多くないだろう。すべてのフレームが理想なんてことは、もちろんあり得ない。

それも含めて、自分の意図しないことを楽しむのがそういうものであると思っていて、そういう、自分が意図しようとしたもの、すべてを意図した瞬間にするのだ、ということへのこだわりみたいなものが薄れてきてしまうような気がする。それをやろうとするとね。まあ、というか、すべてにこだわろうとすると、そもそもそのやり方が向いていないので、当たり前のことではあるんだけれども。そもそもアプローチが違うのであると。

ただ、「作り方を作る」ということをもっと考えていくと、作り方を作るための作り方を作る。作り方の作り方の作り方の作り方を作る。これは哲学でいう無限後退みたいなもので、メタに行こうと思えばどんどん行けてしまうわけだ。それはつまり、どんどん執着が少なくなるということかもしれないし、どんどん大きな、より抽象的な根本のところに戻っていくということかもしれない。

ただ、いずれにしても、そこには当然上下関係はなくて、メタな方が偉いわけでもなければ、メタな方が素晴らしいわけでもない。ディテールはディテールで素晴らしいし、そのメタの部分も素晴らしい。そんな当たり前のことは当たり前だとして、問題は両立ができるのかどうかってことだ。しかもそれは、少なくとも一人の人間において、両立することはできるんだろうかということかな。

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