初心者になるということについて、初心者であり続けるということについて考えてみようと思う。
それが気になったのはなぜかというと、スキルの習得ということについて考えてみたからだ。例えば、同じことを何十年もやり続ける。同じことといっても、同じ行為というわけではなくて、もちろんその中で同じことをやり続けながらも、改善、改良、上達というものは常にあるだろうし、同じ領域においても少しずつ積み重なっていくということは当然ある。
同じことをやり続けるからといって、それがやり始めたときの状態と同じではないし、やり始めたばかりの人と同じことしかできないわけではない。やり始めたばかりの人は同じことをできるわけではないのだ。それは同じことをやり続けるということ。やるということと、できるということは別だしね。
それはそれとして、では一方で機械化されていく。例えば産業革命でいろんなものが機械化されていったり、もしくは現代でタイムリーな話題でいうとAIの話題なわけだけれども、人間ができること、人間がやることを、どんどん機械に置き換えていっている。
機械というのは物理的なメカだけではなくて、コンピューター、計算機、もしくはその計算機の上で動くAIもまた機械だとして、基本的には大きな意味では機械だとすると、機械に置き換えていくことなんだけれども、ではなぜ機械に置き換えていくのかというと、機械に置き換えた方が安いからだ。人間の方が安いのであれば、多くのものは人間のままであろうと思う。
もちろん、機械の方が安い以外でも、もしくは高くても何かメリットがある、もしくは機械にしかできないことというものも当然あるし、人間はどれだけ頑張っても空を飛ぶことはできないから、飛行機という機械は必要だし、ものすごく大きな力が必要なものというのも機械にしかできない。機械にしかできない動きというのもある。あとは繰り返し、正確性、そういったものはあるんだけれども、でも必ずしもそれが必要ではない、ないといけないわけではない領域というのもあって、ではそういうものは機械化されていかないのかというと、そうでもない。
いずれにしても、ではそれは誰がやっているのかというと、まあ資本家なわけだよね。という資本主義の話、もしくは資本主義批判の話になっても仕方がないというか、少なくとも自分のスタンスにおいては仕方がないので、そういう方向に話を進めるつもりはないのだけれども、いずれにしても、別にお金が関係なかったら人間が別にやっていてもよいのだ、という領域はきっとあるだろうとは思う。
そして、その圧というか、圧力が、過去に比べて最も強い時代なのではないかと思っていて、そういった現代において、なんだろうな、新しいことを始めること、新しいことを始めざるを得ないこと、そして新しいことをやり続けることによって得るもの、もしくはそうなってしまう精神的なものは、ということについて考えていたんだが、時間切れ。
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