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IDEAS FOR GOOD · Aug 19, 2026

「もうひとつの時間」が流れている。星野道夫さんのホッキョクグマ写真から考えたこと

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IDEAS FOR GOOD · IDEAS FOR GOOD

撮影:星野道夫 ©Naoko Hoshino


星野道夫さんの写真をみると、それ自体にいのちが宿っていると、つくづく感じます。

筆者は写真に詳しいわけでも、ほかの写真家の作品をよく見るわけでもありません。けれど、星野さんの写真を見るたびに、なんだか心が、生命力を取り戻していくような感覚を覚えるのです。

先日、六本木にあるフジフイルム スクエアで開催されていた、「星野道夫写真展
~NANOOKナヌーク ホッキョクグマ 氷原の静かなる物語~
」を訪れました。

主人公は、星野さんが撮りためた数々のホッキョクグマたち。夕焼け空の下を歩くクマ、親子で身を寄せ合い眠るクマ、氷上でじゃれ合うクマ、遠くへ歩いてゆくクマ──それらは、写真なのに今にも話し声が聞こえてきそうなほど鮮明でした。

撮影:星野道夫 ©Naoko Hoshino

そんな一頭一頭の表情や仕草を見ながら感じたのは、彼らもまた、私たち人間と同じように「いのち」を生きているのだということでした。

我が子や家族を守りながら、吹雪に耐えながら、生きる。大切な存在を守ろうとする姿に、私たち人間と同じ「生きる」がありました。

さらに、展示にあった「ナヌーク」の物語を読むと、別のことを考えさせられます。

氷海では、人間とナヌーク(先住民による畏敬の念を込めたホッキョクグマの呼び方)は、同じアザラシという生き物を同じ方法で獲り続けてきました。あるとき、ナヌークが、イヌイットの若者が仕留めたアザラシの匂いをたどって、キャンプに近づいてきたと言います。やがて、シーンと静まり返るなか、銃声が響き渡る。巨大なナヌークは解体されると、村の年寄りたちに最初に届けられました。

そこにあるのは、「人間とホッキョクグマが仲良く暮らす」という意味での共生ではありません。イヌイットの人々にとって、ホッキョクグマは人間と同じように強い魂を持ち、敬意を払うべき存在だと展示の文章には書かれていました。人間も生きるためにいのちをいただき、ホッキョクグマも生きるために獲物を求める。同じ世界で、それぞれがそれぞれの生を営んでいる──。

「共生」とは、すべての生き物が仲良くすることではなく、自分とは異なる生を生きる存在が、同じ世界にいることを知ることなのではないか。

ナヌークの物語からそんなことを思いました。そして、星野さんの著書『旅をする木』に出てくる、何度も読み返している言葉を思い出しました。

「ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。」

撮影:星野道夫 ©Naoko Hoshino

私が今日を生きている、そのすぐそばで、蝶が飛び、鳥が鳴いている。遠いアラスカの地では、ザトウクジラが海を泳ぎ、カリブーが大地を歩き、ホッキョクグマの親子が身を寄せ合っている。

私がそれを知らなくても、彼らには彼らの「今」がある。考えてみれば、当たり前のことですが、私たちは日々、その当たり前のことを忘れてしまいます。

展示のなかで、もうひとつ心に残った星野さんの言葉がありました。

「人は、なぜ自然に目を向けるのだろう。」

星野さんは、アラスカの原野を歩くグリズリーや、マイナス50度の寒気のなかでさえずる小鳥を、「なぜ目で追ってしまうのか」と問いかけています。そして、その答えとして星野さんが書いていたのは、自然のなかにいる生き物を見つめながら、私たちは無意識のうちに、彼らの生命を通して自分自身の生命を見ているのではないか、ということでした。

この言葉を読んだとき、私は星野さんの写真を最初に見たときのことを思い出しました。

星野さんの写真を見ると、不思議と私の心には生命力が戻ってくる。

ホッキョクグマの「生きる」を見つめることで、私自身もまた「生きている」ということを、身体のどこかで思い出していたのかもしれません。

昨今、星野さんが写真に残したホッキョクグマたちの生きる環境は、変化しつつあります。地球温暖化に伴う北極海の海氷の減少は、海氷に依存して生きるホッキョクグマの生存を脅かす大きな要因となっています。

つまり、私たちが写真のなかで見つめた「もうひとつの時間」そのものが、今、大きく変わろうとしているのです。

撮影:星野道夫 ©Naoko Hoshino

生物多様性や自然との共生、マルチスピーシーズ──そうした言葉を知るより前に、私たちはそもそも、人間以外の生き物が生きる時間を想像できているでしょうか。星野さんの言葉を読んでいると、大きな言葉のもっと手前にある「想像すること」こそが、今、大切なのではないかと思うのです。

ここには、私とは違ういのちが生きている。目の前の蝶にも、鳥にも、木にも、そして遠く離れたアラスカの動物たちにも、私とは違う「今」がある。その姿を実際に見ることができなくても、そこに彼らの「いのちの時間」が流れていることを想像する。星野さんは、それを「想像力という見えない豊かさ」と呼んでいました。

そして、その想像力は、私たちに「僕たちが誰なのか、今どこにいるのか」を教え続けてくれるのだと。

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