原田:アートディレクター、グラフィックデザイナーの田部井美奈さんをお迎えするシリーズ、今回が2回目になります。前回は、田部井さんのグラフィックデザインの背景にある考え方や、自主制作も含めてどういった意識でデザインに取り組まれているのかという話を色々伺ってきました。今日は、そこでも再三話に出た亀倉雄策賞を受賞された「光と図形」という作品を軸に、田部井さんが探求されている平面と立体、あるいはグラフィックと写真のあいだにある表現について伺っていきたいと思っています。まずは「光と図形」がどんな作品で、なぜ生まれたのかというところを改めてご説明いただいてもよろしいでしょうか。
田部井:まず2018年に『光と図形』という展覧会を、渋谷にあるユトレヒトという書店の小さなギャラリースペースで開催しました。最初は「展示してください」と言われたものの、一体何をしたらいいのか、ポスターをつくるにしても何をテーマにしたらいいんだろうかと(笑)。そういうところから始まりました。フリーランスになって4年目くらいで、色々なお仕事はさせていただいていましたが、それだけをやっていることに少し迷いや怖さもありました。自分が毎日やっている仕事ではない表現を、ここでポスターとしてつくることができたら、展示をする意味が持てるんじゃないかと。展示をするというのはそういうことなんじゃないかと思い、それまでにやったことのない表現をとにかくしようと決めました。
例えば、Macで完成するものがいつもの仕事だとしたら、Macで完成しないものにしてみるのはどうだろうとか、普段から図形や幾何学を取り込んでいますが、それを丸を描くとかではないやり方で表現する方法はないかなと考えていく中で、写真でやったらどうかなとふと思ったんです。しかもそこに影や反射光があって、立体もあって平面のようなものもあったら、とても不思議な画面になるんじゃないかなと思いついたのが最初のきっかけでした。でも最初はまったくうまくいかなくて。自分のイメージの中では面白そうと思っていたのですが、形にするのがなかなかうまくいかなかったんです。例えば、アクリルの棒のようなものや卵のようなものを買ってきて写真に撮ると、アクリルの棒は影がぼわっと反射してしまったり、卵の形もあまりきれいじゃなくて、卵にしか見えないというか、図形にならないんです。
山田:卵以外のものにはならないと。
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田部井:生々しさが画面の中にあると写真にしかならなくて、グラフィックにはなり得ないということが少しずつやっていく中でわかってきたんです。では、グラフィックになり得るものは何なんだろうという頭で東急ハンズやホームセンターに行ったりしていました。最初は照明器具も持っていなかったので、太陽の自然光が強く入る時に床に置いて写真を撮るということをやっていたのですが、そのうちにグラフィックにするやり方が少し見えてきたんですよね。色々なことをやって、ネタが尽きたら買いに行ってということを繰り返す中で、「この辺を狙っていくとこういう形がきっと影で出るな」とか、「これを置くと多分反射光が出るから、それを使ってうまくできるんじゃないか」というふうに、少しずつ目が冴えてきたんです。その時はポスターを数枚展示したのですが、その後にも「光と図形」の時の手法に取り組む機会が増えていきました。
ギンザ・グラフィック・ギャラリーの個展の話をいただいた時は、私が展示をするならやっぱりこのテーマでやるしかないという覚悟もありました。やるんだったら絶対にいままでにないものをきちんと仕上げないとこの機会をいただいた意味がないと思ったので、「光と図形」でやるのが絶対にいい。そして、とことんやらないといけないなと思いましたね。
原田:1回目の話でも出ましたが、田部井さんのグラフィックは凄くモノっぽくて立体感があって、二次元と三次元のあいだのような表現を平面の中でもずっとされていたので、この作品を見た時もそんなに違和感はないというか、田部井さんが探求してきたことの延長になるとこうなるのかなというイメージがありました。
そういう意味で、グラフィックデザインをしている時に田部井さんが頭の中でイメージしていたようなもの、1回目でもグラフィックを成立させる独特の秩序という話がありましたけど、そういったことを常に頭の中で考えながらデザインされていたのかなという気がします。思考の部分はそんなに変わっていないけれど、実際にモノにしてみるとやはり違うというか、そのギャップを埋めていくようなプロセスだったのではないかなと。
田部井:そうですね。根底の部分は多分一緒なんですよね。ただ、それをこの「光と図形」という手法でやると、写真に撮るという工程も途中に挟まってきて、目の前にあるものを撮ったもの自体がもう結果であり、それを自分の好きなような形に変えられないということでもあります。光を当てるという工程を必ず入れているのですが、光が当たればそこに影ができる。それは私が何もできない領域なんです。そういう意味では、不自由さが凄くある。前回、モノが持っているキャラクターや自然にどうしても起こってしまう作用のようなものを待っているという話をしましたが、「光と図形」の画面の中にはまさにそのことしかないんです。自分が制御しようと思ってやっているわけではないのですが、本当に自分ができないことが多すぎちゃって。そういう意味では、いつもグラフィックに取り組む時に大切にしている秩序のようなものがあるとするなら、このプロジェクトはまさにその秩序を全開にしてやれているのかもしれないですね。
山田:聞いてみたかったのですが、バウハウスにはモホリ=ナギがいて、カンディンスキーもいて、いわゆるロシア構成主義のようなものから強く影響を受けているじゃないですか。モホリ=ナギがいるから写真表現もやっていて、バウハウスの古いものを見るといま見ても全然古びていない面白い写真表現やグラフィック表現をやっていますよね。全然似ているわけではないですが、精神性のようなものが実は結構バウハウスっぽいなと僕は思っていたんですよね。
田部井:2018年に『光と図形』をやった時、実はバウハウスのヘルベルト・バイヤーのポスターは結構ヒントになっていました。青いバックで立体の丸と平面の青、平面の四角と立体の立方体、三角で構成されているんですけど、めちゃくちゃかっこいいなと思ったんですよね。あれは絵で表現されていますが、まさにこれがイメージしていた方向性なのかもしれないと思いましたし、初期の頃にそれを見て、「これかもな」とヒントにはなったと思います。
原田:現在の技術を使えば、それこそCG処理で、そこまで時間をかけずにできてしまうことでもあると思うんです。ただ、それだと田部井さんがやりたいこととは全然違うものになると思いつつ、本当に想像を絶するほど根気のいる作業なのかなと思いながら見ていました。
山田:以前も少しお話をお聞きした時に、冬の朝の光が良いということで、凄く朝早く来て、その光を使いながら、陰影がどう出るかを見ていくと伺いました。でもそれは、コントロールできるものとできないものの揺らぎのあいだでやり続けることですよね。カメラを向ける角度にしても、ご自身でまずはiPhoneでフレーミングして色々試されるんですよね。
田部井:そうですね。
山田:かなりつくり込んだ状態で、写真家の小川真輝さんにご相談しているんですよね。
田部井:そうですね。
原田:これならグラフィックとして成立するという瞬間を発見する時があるのですか?
田部井:はい、あります。最近の自分のつくり方としては、例えば、できた影の線に対して平面的なオブジェを置くなど、要は「従う」ということをとにかくやっていきます。そのモノを置いたことによって起きた作用に対して、言うことを聞いていくというやり方をしていくんです。言うことを聞いていった結果、全部がひとつに循環するようにつながっているものができた時には、写真的な生々しさが本当に消失するんですよね。そういうふうに、とにかく写真っぽい質感を消していく時に、例えば影と物体がどちらかわからない角度を探すとか、影の線の先にモノを置いて、まるでそれがひとつのものに見えるようなことをとにかく探す。これはモノがあって写真を撮っているという状況ではなくなるポイントをずっと探していくんです。そうすると結果的に非常に平面的というか、グラフィック的になっていく。それは頭の中にあるものではないので、目の前にあるものを見て、感じて、観察してということをずっとやっている感じですね。
原田:成立したという時は、やっぱり「よっしゃ!」という感じになるのですか?
田部井:「よっしゃ!」って感じですね(笑)。
原田:そこには、ある種の感動のようなものがあったりするのかなと。
田部井:あります、あります。
原田:それを想像しながら思ったのが、佐内正史さんという写真家の方にお話を聞いた時のことです。だいぶ前に佐内さんを取材した時に凄く印象的だった話があるんです。佐内さんの写真は、何気ないドアの取っ手や電柱などを撮っているような写真なんだけど、凄く瑞々しさがある。それはなぜかなと思って話を聞いてみると、例えば街中をずっと歩いてヘトヘトに疲れてきて、その状態で電柱を撮ると。電柱を撮った時の疲れている自分がそこに写ればいいんだという話をされていて、凄く面白い話だなと。写っているものを撮っているのではなく、自分のある種の感動、その時は疲れていたという話ですが、それを記録しているんだという話が凄く面白かったんです。
田部井:面白いですね。
原田:田部井さんの作品のことを考えながら、その話を思い出しました。「見つかった!」という瞬間の感動の記録でもあると考えると、グラフィック表現としての魅力とはまた違う、ある種の瑞々しさや、生の記録としても見られるのかもしれないなと。佐内さんの話を聞いた時のことを思い出して、そこに通じるのかなと思ったんです。
山田:『光と図形と、その周辺』の展示で本当に凄いなと思ったのは、ある種の種明かしをしているところです。自分でその視点をどうやって獲得するかという、追体験のようなものですよね。田部井さんの視点の獲得を、僕たちが穴から追体験するような展示でした。
原田:会場には平面の作品だけではなく、オブジェも配置されていて、それを来場者が見られるということですよね。
山田:何回か会場に行ったのですが、普段あの場所に来るようなタイプではない若い人たちが結構面白がっているというか。昔の遊園地にあるビックリハウスじゃないですが。
田部井:鏡の向こうにまた鏡がある、みたいな。
山田:みんな結構一生懸命覗いていて、もちろんいまの人たちだから、自分もやりますけど、スマートフォンで撮影をしていて。
田部井:撮りますよね。
山田:なんとか田部井さんと同じ画角で撮れないかということをやっていて凄く楽しく、同時に少し昔っぽいなとも思いました。それこそ、90年代のグラフィックがカルチャーだった頃の感覚もありました。それを通じて僕たちが田部井さんの視点を追体験する仕組みが面白いと思いましたが、ご自身の中ではどこまで意識的だったのでしょうか?
田部井:『光と図形と、その周辺』の展示に関しては、先ほどおっしゃってくださったように、私がつくった時、見つけた時の「発見した!」という凄く楽しい、嬉しい瞬間を体験してほしいと思ったんですよね。私自身も、例えば朝に創作する時間をつくって、スタジオを全部閉めてライトをつけて、「今日はちょっと良いものが撮れたかも」という試作ができた時に、一度その場を離れて戻ってくると、スポットライトを浴びているオブジェクトがぱっと目に入ると、それが凄く素敵なんですよ。グラフィックをつくろうとしている時はそこしか見ていなかったのですが、一歩引いて客観的にその状況を見た時にも凄く愛おしいものに見えるというか。それ自体が本当にグラフィックになっていることを瞬間的に目に入った時にも感じたんです。だから、それを見てほしいという気持ちもありました。
加えて先ほどもお伝えしたように、自分が見つけた時の感覚を体感してほしいとも強く思っていました。単純に楽しさをわかってもらいたいということももちろんあったのですが、単に「ポスターができました」「作品を飾りました」ということではなく、共有し得ること、「あなたもできますよ」という言い方は凄く陳腐ですけど、視点を持って何かを切り取る面白さはみんなが共有できることなんじゃないかと思ったんです。それとともに見たらまた面白いし、お客さんも入りやすいんじゃないかなと思ったんですよね。
原田:取材などでは、「いつ作品ができたと判断するんですか?」という質問が定石としてあるのですが、『光と図形と、その周辺』の仕掛けは、それを言葉で説明するのではなくて、まさに「あ、いまできた!」という感覚を共有するという意味で凄く面白い方法だなと思いました。
「いまこの瞬間」というのは、一回性が高い写真という媒体だからこそ体験しやすいものでもあると思っています。今回はそういう意味では、小川真輝さんという写真家の方との共同のプロジェクトでもあって、そのやり取りの話もぜひ聞きたいと思っています。先ほどご自身でiPhoneを使ってというお話もありましたが、どの段階で小川さんに入ってもらい、どういうやり取りで進めていかれたのかを聞かせていただけますか。
田部井:本当に日課的にやっていた時期があったのですが、ギンザ・グラフィック・ギャラリーの展示のためにとにかく時間さえあれば試作を重ねて、それを写真に撮って、また違うことを始めて撮って、また違うものを買ってきては撮ってということを2か月くらいやりました。これは進行上の話ですが、キービジュアルを決めて、チラシやポスターを出さなければいけないタイミングに差しかかるので、入稿に間に合うタイミングで小川さんをブッキングして、撮影の日を決めました。そして、それまでのあいだに撮ってきた試作の中で良いものをふるいにかけ、できるものはもう一度バージョンアップの試作をつくり、最初に5点ほど小川さんに撮っていただきました。撮っていただく時は、iPhoneで撮った写真をA4程度の大きさに出力して、使うもの、下に敷く紙、ライトやカメラの位置などを指示させていただきました。それを再現する形で一度場をつくるのですが、そもそもレンズが違うので合わないんです(笑)。どうやってもここの接点が合わないよねという時に、小川さんは色々な技術で乗り越えていかれるのですが、撮影の日はそれをずっとやっているような状態でしたね。
山田:なぜ小川さんだったのですか? 小川さんはスタジオでお勤めだった経験もあって、非常に物撮りが上手い方ですよね。
原田:デザイナーさんの作品撮りも多くされていますよね。
山田:そうですね。この番組に関連するところだと、三澤遥さんやTAKT PROJECTの作品も小川さんが撮られていますよね。僕は色々な雑誌の仕事でも、小川さんとご一緒することが多いんですね。シャープなんだけど小川さん特有の奥行きがある。物撮りと言われるジャンルの方はある意味生っぽさがなくて、もう少しパキッとしている写真が多いのですが。
田部井:色気がそんなないというか。
山田:ただ、小川さんはなぜか両立するんですよね。
田部井:そうですね。
山田:だから非常にいま人気の方なのですが、田部井さんのこれまでのお仕事、特に近年の「光と図形」以降のお仕事を見ると、小川さんのイメージは凄くピッタリくるんです。でもそれ以前は、もう少しここまでパッキリしたイメージは田部井さんにはなくて、小川さんを起用された理由は何だったのかなと。
田部井:最初は、友達の友達ぐらいの感じで知り合いました。山野英之さんというグラフィックデザイナーの方が、展示の時に小川さんに作品を撮ってもらってグラフィックをつくるということをやっていらして、それが凄く良い写真だなと思ったんですよね。その頃、私は作品をつくる予定はなかったのですが、フリーになりたてでもあったので、自分の仕事の物撮りを定期的にお願いすることになり、よくお会いしていました。その後、台湾で展覧会をすることになり、3シリーズつくる中で1シリーズを写真でやってみようとと決めて小川さんにお願いしたのですが、それが起点になっていると思います。その時に、またやりたいねという話もしていました。
山田:田部井さんの中でかなり決めながら進めているとはいえ、小川さんとのやり取りの中で何か発展したり、変わっていくこともあったりするのですか?
田部井:大きく変わることはないのですが、小川さんが凄いと思うのは、私がiPhoneで撮った試作がどういう意図でつくられているのかを、私が言葉でそこまで説明しなかったとしてもしっかり捉えて、それを表現するための技術で撮影してくださるところです。例えば、『光と図形と、その周辺』の時のやり方だと、全部にピンが合っているように撮るということをしています。それは近いものを撮る時には結構難しいと思うのですが、そうしないと多分つくりたい絵が成立しないということを瞬時に考えてくれるんです。私がそうしてくださいなんて一言も言っていなくても、そうしてくれる。その意味で、作品をよりビビッドにしてくれる感じがありますね。自分が狙っていることをそこまで事細かには言わずともわかってくれる。その場合は影にもっとグラデーションが出るようにした方がいいかもしれないといったことを提案してくれるんです。作品自体が大きく変わるということはないと思いますが、よりしっかり形にしてくれるところが本当にいつもありがたいなと思っています。
原田:小川さんの中では相当細かな試行錯誤が繰り返されている感じだったんですか?
田部井:試行錯誤という感じではないですね。この感じならこのカメラで撮ろうと言ってやる。そこは早いですよ。
原田:引き出しがたくさんあって、それを引っ張り出すような感じなんですね。
田部井:そうです。これがうまくいかないからちょっと変えてみようという感じです。
山田:それを彼の経験とセンスで、瞬時にこれだったらできると判断できる。
田部井:本当に経験とセンスだと思いますね。
山田:表現すべきことや表現そのものの本質を見極め、それならこれができるといった感じで、そんなに遠くに行くんだと思うようなところから望遠レンズで撮ったりもする。色々なやり方で、より良い表現を見つけてくれるんですよね。だから、田部井さんの中にある設計図を、最後に施工してくれるような存在というか。
田部井:本当にそうですね。しかも、設計図の全貌を見せていないのに読み取ってくれる凄さがあります。
原田:写真はそもそも、基本的に全部にピンが合うものではないですが、グラフィックデザインは基本的にPC上の作業になるのでそういうことがない。そうしたグラフィックデザイン的な感性をきちんと翻訳した上で写真を撮れるという能力が凄く高い方なんですね。
田部井:そうです。私がこの角度でこういうふうに撮っているということは、多分こうしたいんだろうなということもすぐ理解してくれるんです。
山田:「光と図形」は写真だとわかっているけれど、全部にピンが来ているからやっぱり少し矛盾があるというか。
田部井:そうなんですよね。実は、写真の中では成立しないものになっているんです。
原田:グラフィックでも写真でもないようなものが、実はかなり高度な技術で実現されていて、それを受け手は気づかずに見て、不思議な世界に魅了されていると。
田部井:「あれ、どういうこと?」となっているのかもしれないですね。
山田:オブジェクトを並べるコンポジションというのは、美術の世界では古典的な手法ですが、それを最終的に表現するアプローチは非常に現代的で、現在の技術だからできることをやっている。そのからくりが表現の面白さに昇華されていて、多くの人を惹きつけているのかなと思います。
だから、色々な立場や視点から、例えば若い世代の人がどう見るのか、あるいは普段グラフィックデザインにそんなに興味がない人が見たらどう見えるのか、そのあたりを順番に感想を聞いてみたいところでもありますね(笑)。見方は結構違いそうな気がします。
田部井:違いそうですよね。
山田:色々なことを知っていれば知っているほど不思議だし、知らなくても惹きつけられる妙な中毒性がありますよね。今日の話の中にも出てきたバウハウスのポスターが百年経っても名作としていくつも残っているじゃないですか。やっぱりいま見てもかっこ良い。それと同じような表現の面白さがこの作品にはありますよね。その面白さはポスターやレコードジャケット、CDジャケットにあると思っていましたが、もっとピュアにグラフィックそのものの魅力があるんだなと改めて感じます。ギンザ・グラフィック・ギャラリーの展示の中でも、『光と図形』はよくわからないグラフィックですよね。目的が明確にあるわけではないですし。
田部井:そうですね(笑)。
山田:「これを紹介します」とか、「この目的でつくったグラフィックです」というものではない。
田部井:ピクトグラムとか、そういうことでもないですし。
山田:凄く純粋な表現で、でも実はそこにグラフィック表現の本質が結構あるというのが面白いなと。
原田:自然現象を取り込みながらグラフィックに落とし込むことであったり、グラフィックでも写真でもないところでギリギリ成り立っているような作品の立ち位置であったり、話を聞けば聞くほど探求しがいのあるテーマなのだろうと思います。今後も継続的にこの表現を追求していくのでしょうか?
田部井:そうですね。飽きない限りはやりたいなと思っています(笑)。飽きるというのは安直な言い方ですが、飽きてしまうと魅力的なものができなくなると思うんです。自分が飽きてきたら、一度距離を置いた方がいいかなとは思っています。発見した時の自分の楽しさや喜びに出会うまでやっている感じなので、その喜びを辛抱強く待ったり、それを探求できる欲が止まってしまったら、つくろうと思ってもなかなかいいものはつくれないと思います。その欲求が残っている限りはやっていきたいと思っています。
原田:アートディレクター、グラフィックデザイナーの田部井美奈さんをお迎えするシリーズ2回目は、田部井さんが長年探求されている、オブジェを用いた写真作品「光と図形」の話を中心に、2次元と3次元を行き来する視覚表現の可能性について伺ってきました。次回3回目は、今回お話を伺ったギンザ・グラフィック・ギャラリーでの展示の空間デザインを担当された中原崇志さんにも参加していただき、田部井さんとの対談形式でお届けします。もちろんこの展示の話もお聞きしつつ、実は田部井さんの旦那さんでもある中原さんからどこまでどんな話が聞けるのか(笑)、ぜひ楽しみにお待ちいただければと思います。田部井さん、どうもありがとうございました。
田部井:ありがとうございました。
山田:ありがとうございました。

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