『つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人―たとえば、「も」を何百回と書く。』に行ってきました。
尊敬する前田比呂也さん(美術家・教育者)がこの展示会のイベントとしてなんとあの壇蜜さんと対談するというので、展示をみに行くなら今日しかないじゃないか!ってことで、子どもたちを預けて1人で那覇へ。
日本語では、「生(なま)の芸術」と訳されてきたアール・ブリュット。1940年代、フランスの画家、ジャン・デュビュッフェが、精神障害者や独学のつくり手などの作品に心を打たれ、提唱した美術の概念です。
本展では、2023年に公益財団法人日本財団が滋賀県立美術館に寄贈した作品を中心に、沖縄県立博物館・美術館所蔵の喜舎場盛也も加えた45人+1人の日本のアール・ブリュットのつくり手による作品約450点を展示します。
沖縄県立博物館・美術館HPより引用
お母さんの絵を描き続ける人。
1cmほどの小さな字でたくさんの漢字を並べて書く人。
独自の記号で日記を書く人。
いろんなバスの運転手さんの顔を描き分ける人。
細胞のような丸が重なったりくっついたりしながら模様を描く鉛筆画。
何重にも重ねた紙で作られる航空会社のロゴ。
小さな粒がびっしりとくっつけられた土器。
小さな「も」、大きな「も」、流れるような「も」、もに見えない「も」。
つくり手からは特に「なぜそれをつくった(かいた)のか」という説明はありません。
ただ、どの作品からも特定のものへの偏愛というか、
好きなものや執着するものを繰り返しつくることへの熱みたいなものを感じました。
アートってなんだろう?
価値ってなんだろう?
図工や美術の教育ってなんだろう?
大きな紙の隅っこにしか描かれていない作品や
気分をありのまま映し出しているような作品を見ながら、
「紙の端まで色を塗ってね」
「ていねいに描いてね」
「色を塗ったら完成だね」
・・・こんな風に完成作品をイメージしながら子どもたちが筆をとる、図工の時間を思い出しました。
アール・ブリュットの提唱者であるジャン・デュビュッフェさんや企画した学芸員さんが
この展示会で伝えたいこととは違うかもしれないけど、
46人のつくり手さんたちが、目的やゴールなど何も決めずにただ何か作りたい描きたい気持ちをもっていた子どもたちの姿と重なって、なんかざわざわ。
私の家にも転がっている。
なんだか分からない工作の作品。
完成しているのか途中で終わっているのかも分からない。
裏紙に書かれた恐竜の絵。その横に練習と思われる漢字一文字。
要るものか要らないものか、子どもたちに一つひとつ聞くと大変だから
たまに勝手に選別して捨てちゃったり・・
・・・
子どもたちよ、ごめん!!
わたし、ひどいやつ!!
私の目から見て、上手に描けてる、完成している、と判断してしまっていました。
なんということだ!
凝り固まった、偏った価値基準じゃないか!
うぅ〜!悲しい!そんな大人になってしまった自分が悔しい!
大人が子どもたちの作品を評価の対象として見たり勝手にゴールを決めたりすることが
少しずつ子どもたちの創作への意欲を奪っていないかな。
指摘されることも意に反して褒められることも子どもは求めていなかったはず。
ただ作りたい、描きたいという欲求に駆られて手を動かす、その姿の尊いこと。
長男はいつも図工のとき時間が足りなくて納得のいくものが仕上がらなくて
途中でやる気を失っているのを何度も見てきました。
あんなに絵や工作が好きなのに。
時間の制約や過度な評価がなければ
その想像力はどこまでいくんだろう?
クリエイティブな時間に没頭するスイッチすら探せない私は
湧き出てくる子どもの想像力が羨ましくてまぶしくて、
壊さないように大事に大事に。大切にしたい。と心から思います。
いま目の前に大きな真っ白い紙があったとしたら
あなたは何を描きたいですか?
以上、アール・ブリュットの45人+1人のつくり手たちの作品を見て
美術教育になんの造詣もない私が勝手に感じたことと、大人としての大きな反省を綴りました。
おわり!
(壇蜜さんと前田さんの対談の話まで書けなかった)

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