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ムラサメデザイン · Aug 13, 2026

デザインを見るだけでは、デザイン力は上がらない

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ムラサメ | 伝わるデザイン・ディレクター · ムラサメデザイン

デザイン力を鍛えたいなら、優れたデザインを大量に見るべきだ

そう信じている人は多ですよね?

Web上の参考画像を保存し、デザイン書を読み込み、著名な作品を分析する。
それ自体は間違ってません。
ただ、そのインプットで本当にデザイン力が上がっているか?と聞かれると、多くの人は答えに詰まったりします。

良いデザインを見続けているのに、自分のアウトプットが変わらない。

この違和感の正体は、インプットの対象を間違えていることにあります。

デザインの実体は、完成した成果物の中にはありません。

例えば、あるサービスのボタンが大きく配置されているとします。
フォントが太い。余白が広い。
それを見て「なぜこうなったのか?」を分析することはできますが、その分析が届くのは、せいぜい「意図の推測」までです。

そのボタンが大きくなった理由は、ユーザーが何度もタップを外したからかもしれない。
フォントが太くなったのは、ある年齢層のユーザーが読み取れないと声を上げたからかもしれない。
余白が広いのは、情報量に圧倒されたユーザーが離脱し続けたからかもしれない。

成果物には、その背景にあった人間の行動や感情は映っていません。
見えるのは結論だけです。

デザインは、人間の行動・感情・状況に対する応答として生まれます。
完成した作品はその応答の痕跡に過ぎません。
痕跡だけを収集しても応答する力はなかなか身につかないんです。

では何を観察すればいいのか?

答えは単純で、人間を見ることです。

人が何に反応し、何に反応しないかを見る。
どんな状況で立ち止まり、どんな状況で素通りするかを見る。
何に戸惑い、何に安堵し、何に引き寄せられるかを見る。

これは特別な場所でしかできない観察ではありません。

スーパーのレジ付近で、会計中に袋詰めエリアを先取りしている人がいる。
コンビニのドアを開けながら、すでに棚の方向に視線を向けている人がいる。
カフェのメニューを見ずに「いつものを」と注文する人がいる。

こうした行動のひとつひとつに人間の認知パターンが現れています。
デザインが解くべき問題の多くは、この日常的な行動の中に常に潜んでます。

観察の質を決めるのは問いの深さです。

「あの人はそこで立ち止まった」という事実より、「なぜそこで立ち止まったのか?」という問いの方が価値があります。
さらに言えば、「その人はその瞬間、何を感じていたか?」まで踏み込めると、観察は立派なインプットになりますね。

電車の中で、ドア付近に人が集まる現象があります。
空いている席があっても、そこには向かわない。
これは単なるわがままではなく、「降りる動作のコストを最小化したい」という認知的な最適化。
降車駅が近ければ近いほど、その傾向は強くなります。

ユーザーが出口に近い行動を好む場面では、選択肢を減らすことが親切になります。
完結の見通しを早い段階で示すことが離脱を防ぐ。

こうした洞察は、「なぜ人は反応するか?」を問い続けた先にしか現れません。

デザインの参考資料を見ることで得られるのは、「こういうものがある」という知識。
人間を観察し続けることで得られるのは、「人はこう動く」という感度。

この差は、実際のデザイン判断の場面で如実に現れます。
参考資料から学んだ人は「これと似たものを見たことがある」から発想する。
人間観察を積み重ねた人は「この状況でユーザーはこう感じるはずだ」から発想する。
どちらが問題の核心に近いかは言うまでもないですよね?

デザイン力とは、優れた作品を記憶する力ではありません。
人間の行動と感情を読む力のことです。

その力は、デザインを見ることだけでは育ちません。
人を見ることで、成長は早まります。


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