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MeThreee · Jul 12, 2026

#210:「病を治す建築」が次の病を用意する

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MeThreee[ミースリー]は、「次の時代の社会/働き方」を読み解くためのニュースレターです。

Paimio Sanatorium / Wikimedia Commons

「病を治す建築」が次の病を用意する
Can Architecture Ever Save Us From Sickness? | The MIT Press Reader (Jun 8)
建築史家ベアトリス・コロミナが、建築の始まりは病気の始まりだと論じる。ヴィトルヴィウスは1世紀に「建築家は医学を学ぶべし」と書いた。15世紀のペスト隔離施設、19世紀パリの下水道、20世紀の結核サナトリウム、いずれも病に応答する建築の系譜だ。とりわけ近代建築は結核との闘いから生まれた。ル・コルビュジエの白い壁、大窓、屋上テラス、地面から持ち上げるピロティは、当時致死率の高かった結核菌を光と空気で追い払う消毒装置だった。健康という思想が、あの簡素で衛生的な美学を形づくったのだ。だが治療はいつも新たな病を呼ぶ。モダニズムが推奨した密閉と空調は、レジオネラ菌やシックビル症候群の温床となった。建築は一つの世代の病を治し、次の世代の病を作る抗生物質のようなものだ、とコロミナは言う。現代人の肥満や糖尿病やアレルギーさえ、清潔になりすぎた建物内の細菌多様性の喪失と関連づけられる。建築は過去の病から私たちを守りながら、同時に未来の病を準備する。その二重の営みからは、誰も出られない。

「自然との関係」を測る新指標
The measure of flourishing | Aeon (Jun 29)
生態系科学者ヤドヴィンダー・マルヒが、AI ブームに沸く杭州の西湖のほとりから、人間の繁栄を自然との関係で測り直す試みを描く。近代の発展は自然を、搾取すべき外部性、克服すべき制約として扱い、人間の福祉が進むほど自然が縮む前提に立ってきた。だが気候変動や生物多様性の喪失は、自然の劣化が繁栄への構造的リスクだと示す。マルヒらは、国連が2026年末から公表する「自然関係指数 (NRI)」を提案した。GDP 一辺倒を崩した人間開発指数に倣い、社会が依存する生態系をどれだけ支えているかを問う。化石燃料を輸出するノルウェーやカナダ、緑から切れた東京、消費のフットプリントを遠い大陸に転嫁する欧州は、豊かでも低く出うる。西湖は9世紀に白居易が浚渫し、千年の楼閣と橋が「天人合一」を体現した人工の景観だ。指数が意味を持つのは、数字が複雑さを捉えるからではなく、社会が何に注意を払い何を価値とするかを変えるからだ、とマルヒは結ぶ。

シンガポールが若者に「何も決めない場所」を与える
Is youth hub *Scape still cool? | The Straits Times (Jul 11)
シンガポールのオーチャード地区にある若者拠点「*Scape」が、16年目にリニューアルし、上意下達の運営を捨てた。運営責任者オンは「昔はこうだった。今は君たちが何が欲しいか教えてくれ。空間と資金を用意する」と語る。ベンチ裏のコンセントも鏡の多さも若者の要望で決まった。ベンチで寝ても公共の場で充電しても注意されない。スケートボードも歓迎、グラフィティは3面の壁でコミュニティの自主規制に任せる。麻雀愛好会は公民館から拠点を移し、ダンサーは「ここが二番目の家」と言う。背景には孤独の統計がある。2023年の調査で21〜34歳は他世代より孤独度が高く、別の調査ではシンガポール人の1割超に親しい友人がいない。コロナ後、自己表現できる場が深刻に不足しているとオンは言う。名前の「*」が示す通り、フードスケープにもランドスケープにもエスケープにもなる、決めつけない場所を目指す。

I.M. ペイの「オフィスの神殿」が廃墟に
People Keep Sneaking Into an Empty IBM Campus. This Town Has Had Enough | The Wall Street Journal (Jul 7)
ニューヨーク州サマーズの丘に建つ旧 IBM キャンパスが、無断侵入者を惹きつけ続けている。I.M. ペイの事務所が1983年に設計を始めた、ピラミッドを擁する複合施設だ。同年ペイはルーブルのガラスピラミッドの設計者にも指名された。かつて2300人が働いたが、2016年に売却され、転用計画もコロナで頓挫、10年間空き家のままだ。破れた窓と落書きの一方、社員がある日逃げ出したまま戻らなかったかのように、会議室と個室が当時のまま残る。この廃墟が Instagram や TikTok の「urbex (都市探検)」動画で拡散し、2月以降48人が不法侵入で逮捕された、うち30人が10代だ。人気スポットはオンラインで愛されすぎて死ぬ、と文化地理学者は言う。IBM に44年勤めた85歳の元社員は嘆く。かつてはアクロポリスだった、それを廃墟と考えるのは馬鹿げている、と。

AI 業界で流行る「ディナーパーティ」
The AI industry’s hottest networking event is a dinner party | Business Insider (Jun 25)
AI 業界で「センス (taste)」がキーワードとなる中、企業や若手創業者が厳選ディナーパーティを通じて、クールさとリアルなコミュニティを築いている。ある責任者は、2023年に週20〜30件だった SF の対面イベントが今や70〜80件に急増したと語る。告知は A24 の映画ポスター風で、90年代のハウスパーティの雰囲気を作る。ポール・グレアムが「AI が構築を民主化する中、テイストがますます重要になる」と投稿し、OpenAI 社長ブロックマンは「テイストは新しいコアスキル」と続いた。オフラインでいること自体がステータスになっている。Anthropic は年収40万ドルまでのイベント責任者を募り、OpenAI も高給のイベント職を公開した。ある主催者は600人の応募を300人に絞るのに AI を使い、投稿から卓越性のマーカーを選別させた。

「ファーランド」という辺境
The TikTok Farlands | BBC (Jun 19)
TikTok のアルゴリズムが通常決して見せない「奇妙で暗い辺境」に、意図的に到達する遊びが広がっている。他人がコメントに残したランダムな文字列を検索窓に打ち込むと、レコメンドの最適化ループの外へ抜け、視聴数ゼロに近い不気味な動画群にたどり着く。ゲーム用語の「ファーランド」、すなわち Minecraft で歩き続けると地形生成が破綻して現れる世界の果てになぞらえた呼び名だ。人々がそこを目指すのは、プラットフォームを本来の使い方でなく使うスリルであり、何より、アルゴリズムに支配されたフィードの主導権を取り戻したいからだ。あるメディア研究者は言う。「インターネットは圧倒的すぎる。ファーランドは、ついに終わりに達し、探すのをやめられる場所を見つけたという希望を表す」。だが皮肉にも、隠されたはずの動画の一部は数百万回再生され、結局アルゴリズムに回収されていく。

「マミューン」が家族の再設計を始める
These Single Moms Moved In Together | Curbed (Jun 25)
ニューヨークで、シングルマザー同士が男性に頼らず子を共に育てる「マミューン」が広がっている。教師のシンクレアと友人のゴンザレスは、3ベッドルームで家賃を折半し、家事、家計、そして精神的負荷を分かち合う。恋愛は家の外に置き、子どもを家の中心に据えると決めた。動機は経済的必然だ。2023年、NYC のシングルマザーの3分の1超が貧困線以下で暮らす。シンクレア自身、母が貧困かパートナーかの選択を強いられるのを見て育った。狩猟採集社会を研究する科学ライターは、マミューンは失われた女性の連帯を取り戻そうとしている、人類は元来、女性が密に協力し子を共同で育てる社会で進化したと語る。婚姻でも血縁でもない、選ばれた家族の実験だ。

ウォール街が「アスリート」を欲しがる理由
Advantage, Wall Street? Why finance firms seek sports stars for advice | Financial Times (Jun 7)
金融業界がこぞってスポーツスターを助言役に迎えている。24度のグランドスラム王者ジョコビッチは投資会社の戦略顧問に就き、投資と競技は規律と長期思考で通じると語った。プライベート・エクイティは F1 や子どものスポーツにまで進出し批判を招く。背景には、太った資本家像を捨て持久系スポーツに励む経営者の競争心がある。真の CEO の誇示は洗濯板の腹筋だ、と。ザッカーバーグは重量ベストで過酷な運動課題を完遂した。ゴールドマンは退役アスリート採用枠を持ち、JP モルガンはブレイディやラピノーを助言会議に迎えた。だが元ボート選手は説く。ビジネスが勝ち方を語り続けるなか、スポーツが本当に教えるのは、回復すること、すなわち休み方かもしれない、と。

「Girl dad」の上司はなぜ公正なのか
Why Being a ‘Girl Dad’ May Make Some Fathers Better Bosses | Parents (Jul 5)
娘を持つ男性上司 (girl dad) が、より公正で共感的なリーダーになるという現象が、Z世代女性の TikTok から広がっている。「上司が girl dad だと知った corporate girlie」と題した動画で女性たちが喜びを踊り、彼はもう自分の人生の主役ではない、性差別や自信の格差に敏感だと評する。この直感を複数の経済学研究が裏づける。ノースウェスタン大とオーフス大の論文は、小企業の男性管理職が第一子に娘を持つと女性をより多く雇い、より高く払うと示した。別の研究では、男性 CEO が息子でなく娘を持つと女性取締役が4%、女性従業員が11%増える。経営心理学者は、抽象的な賃金統計ではなく、自分の娘が公正に扱われないという話になったとき父親は初めて気づく、と語る。個人的な経験が、組織の公正さを書き換える。

インドが「公共財としての AI」を賭ける
India is testing an alternative to Silicon Valley’s AI playbook | Rest of World (Jul 2)
最先端 AI が少数の西側企業に集中するなか、インドが「革新は最大の研究所からしか生まれない」という前提に挑む。政府系言語 AI プラットフォーム Bhashini らが、オフラインで動く多言語 AI デバイスをオープンソースで作るハッカソンを立ち上げた。狙いは、接続が不安定で英語モデルが届かない教室、農場、診療所、村のための道具だ。AI を専有製品ではなく公共インフラとして扱う構想を映す。高所得国は世界人口の17%にすぎないのに、注目される AI モデルと投資と計算資源の8割超を占める。だが専門家は持続可能性を問う。試作を製品に変えるには資金も市場も要り、ハッカソン自体も Nvidia のハードに依存する。未来の革新を誰が何のために作るかを広げる、小さな一歩だ。

トップ20のうち「9都市」がアジアに
Global Liveability Index 2026 | EIU (Jul 7)
EIU が173都市を30指標で評価した2026年版で、首位はコペンハーゲン、2位ウィーン、3位メルボルン。西欧の平均点が微減する一方、アジアは医療の改善で上昇し、トップ20の9都市をアジアが占めた。

「自分に似ている」だけで CEO の高給が許せる


Just Like My CEO: When Perceived Similarity Makes Pay Inequality Acceptable | The Society for Personality and Social Psychology (Jun 3)
35カ国15万人超を調べたところ、CEO に似ていると感じる人ほど所得格差の是正に反対した。出身地や大学が同じと示されただけで、給与が100倍でも受け入れやすくなる。似ているという感覚が、格差への態度を書き換える。

A Hidden Infrastructure:総重量は全人類の5倍、菌根菌の初の世界地図
Maggie’s:ビバリーヒルズに出来るガソリンスタンド
Football Data Portraits:W杯の全試合をデータビジュアライズ
pixel skylines:古いビデオゲームの都市背景アーカイブ
Yoto:子ども向けのスクリーンフリー音楽プレーヤー

【執筆】[ワークプレイス採集学] 空のプレート:働く場所の標本箱をひらく前に
【開催】[WORKSIGHT] 30号 刊行イベント:日曜お昼に、騎士になってみる:中世西洋剣術&甲冑体験ワークショップ (Jul 19)
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【連載】[WIRED] 眠りに値段がついた夜 | Future of Work
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今号の画像に選んだのは、フィンランドのパイミオ・サナトリウムです。まだ結核の薬がなかった1933年、アアルト夫妻が「光と空気と休息だけが治療だった」時代に設計した療養所でした。南向きのバルコニー、白い壁、簡素な美しさ。それはすべて、病を追い払うための装置だったのです。今号の巻頭に置いたコロミナの論考は、まさにこうした「病を治すために生まれた建築」の系譜をたどっています。面白いのは、その後日談です。結核の薬が普及すると療養所は役目を終え、病院になり、やがて空き家になりました。そしていま、Snøhetta の手でウェルネス・ホテルへと生まれ変わろうとしています。ガラスで塞がれていた日光浴のバルコニーは、また開かれるそうです。病を治す場所が、健康を売る場所になる。それは裏切りではなく、たぶん同じ思想の続きなのでしょう。建築は病を治し、次の病を用意し、そしてまた別の願いを容れて、生き延びていく。

Read the original on methreee.substack.com

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