MeThreee[ミースリー]は、「次の時代の社会/働き方」を読み解くためのニュースレターです。
現代の奇妙さとは「ユニコンテクスト」である
A Philosopher’s One-Word Theory to Explain Why the World Feels So Weird | The Ringer (Jul 14)
なぜ人は悪い知らせに引き寄せられ、他者との比較をやめられず、芸術や設計が均質に見えるのか。シカゴ大学のアグネス・カラードは、これらを「uni-context」という一語で束ねる。文脈とは、どう振る舞うべきかを教える状況のことだ。人類の歴史の大半で、文脈は局所的で複数だった。畑にいるか、教会にいるか、酒場にいるかで規範は変わった。だが今、あらゆる文脈で従うべき規範がひとつに収斂しつつある。カラードによれば、善は文脈依存的だが、死や苦痛のような悪はほぼ普遍的に通じる。だから見知らぬ者どうしが調整できる話題は否定的なものに偏る。同様に、状況で変わるキャラクターは語りにくくなり、変わらないアイデンティティが前景化する。すべてが同じ評価の場に入ると、比較の動機が生まれ、やがて均質化する。野球の分析革命が全チームの戦略を似せたように。注意さえも、環境に応答する働きから、資源として管理する営みへと変わった。この理論の居心地の悪さは、誰もがその産物であるため、外から善悪を判定できない点にある。
担保が値上がりする「チーズ金融」
Inside Italy’s secret ‘Cheese Bank,’ where Parmigiano Reggiano becomes financial gold | CNN (May 2)
パルミジャーノ・レッジャーノは出荷まで最低12カ月、多くは24から40カ月熟成させる。だが酪農家への支払いは30日ごとに発生する。この時間差を、Credem Bank は1世紀以上チーズを担保に取ることで埋めてきた。倉庫が保管する約230万個は3億2,500万ユーロに相当し、生産者は価値の60から80%を前払いで受け取る。熟成という不可避の待機時間を、金融が信用に変換する構造である。ブロックチェーンにより生産者の施設で保管したまま担保に入れることも可能になり、貸出能力は倍増した。2025年には輸出が総販売の50.5%と初めて過半を超えた。時間をかけるほど価値が増す資産において、その待機期間そのものを担保化する金融が、伝統産業の存続を支えている。
生産性は上がったが「AI は主因ではない」
U.S. Workers Are More Productive Than Ever. A.I. Isn’t the Key | The New York Times (Jul 14)
米国の労働生産性が過去20年で最速のペースで上昇している。だがその主因は AI ではない。パンデミックを機にした業務のデジタル化、リモートワーク、そして2021年10月以降4.5%以下が続く低失業率が、より大きな要因だ。人手が逼迫すれば企業は賃金を上げざるをえず、それが効率化を促す。ただしもう一つの厳しい理由もある。人員削減だ。テック雇用は18カ月連続で縮小し、金融は2025年5月の頂点から10万超の職を失った。問題は分配にある。過去10年、生産性の伸びは実質報酬の伸びの倍で、労働者の取り分は縮んできた。少ない人数で多くを生む効率が称賛される裏で、その利益が働き手に還元されるかは、開かれた問いのままだ。
「AI が所有する会社」を認める法案
Argentina Wants To Let AI Own Companies. Here's What That Means | Forbes (Jun 10)
アルゼンチン政府が5月29日、AI エージェントやロボットが運営する「非人間企業」を認める法案を議会に送った。1972年から続く会社法を書き換え、人間の株主を任意とし、所有権はトークンで表す。ミレイ大統領と規制緩和相フェデリコ・ストゥルツェネッガーは、規制しないこと、新しい会社形態、低い法人税の三本柱を掲げる。前後して、ピーター・ティールはブエノスアイレスに住居を買い家族と一時移り住み、4月に大統領府でミレイと会っている。だが人間は消えていない。法定代表者を置き、資金を扱うならマネーロンダリング対策の責任者も人間でなければならない。自律を掲げる制度が、責任を負う場所にだけ人間を残す。
Amazon が HR から「H」を抜き取る
Amazon is stripping the ‘human’ out of human resources | Fast Company (Jun 29)
Amazonが人事機能の自動化を進めている。従業員からの問い合わせ、休暇や異動の処理を、対話型 AI とアプリに置き換え、人事担当者を介さない設計へ移りつつある。効率化がうたわれる一方、育児や介護や病気といった、文脈と裁量を要する相談まで定型処理に流し込むことへの懸念がある。実際、障害や宗教上の配慮をめぐる対応の不備が、EEOC への申し立てにつながった例も報じられている。ケアや例外の判断こそ人事の核心だったはずが、その部分が最初に自動化の対象になる。人を扱う機能から人を抜くとき、標準化になじまない事情を抱えた働き手が、最初にこぼれ落ちる。
無人タクシーが押し付ける「後始末」
Robotaxi Riders Are Falling Asleep, Sparking Frantic 911 Calls | Bloomberg (Jul 14)
Waymo や Tesla、Zoox が無人タクシーを各都市へ広げるほど、予測不能な人間を運ぶ厄介さが表面化している。乗客は眠り込み、食べこぼし、嘔吐し、車内で出産した例も2件ある。運転手なら揺すり起こせるが、無人車では遠隔担当者が応答を得られねば911を呼ぶしかない。オースティンでは最初の9カ月で99件のこうした通報があり、消防はこれを「sleepers」と呼ぶ。実際に搬送されるのは約3%だ。責任を引き受ける他者がいるとき、企業には自ら動く誘因が薄れ、自治体が研究開発と運用を実質的に補助している、と法学者は指摘する。自動化の効率は、無人が生む混乱の後始末を、消防と清掃員という人間へ移し替えることで成り立っている。
「ムーブメントクラス」という新しい階級
A New "Movement Class" Is Emerging | The Architecture of Meaning (Jul 3)
所有ではなく実践が地位を示すようになった。On の共同創業者デイビッド・アレマンは、長寿や活力を旧来の記号より重んじる層を「Movement Class」と呼ぶ。LVMH とアルノー家が出資する L Catterton は、フィットネス競技 Hyrox の大株主となる交渉に入った。2017年に約650人だった参加者は30カ国以上で数十万人に達し、評価額は7億から10億ユーロと見られる。ハンドバッグで帝国を築いた資本が、8キロを走りそりを押す競技を買う。入場料は数カ月の訓練であり、金で買えない時間がそのまま地位になるからだ。一方で Global Wellness Summit は2026年を象徴する潮流に「過剰最適化への反動」を挙げた。睡眠を測るあまり眠れなくなる orthosomnia という語も生まれた。最適化を極める者と計測をやめる者は、生きることが KPI 付きの仕事になった同じ疲れから出ている。
「手仕事への憧れ」は反動か希望か
The radical reasons why you dream of making things by hand | Aeon (Jul 6)
AIが人間の営みをまた一層自動化すると迫るなか、手作り、自家製、伝統への渇望が強まっている。哲学講師ジョシュア・ハブグッド=クートは、この「skill nostalgia」の政治性を問う。過去の熟練が今より人間的だったと見なすとき、それを生んだ社会秩序まで美化され、現在が過去に劣って見える。ここに反動の危うさがある。文化理論家スヴェトラーナ・ボイムいわく、無反省なノスタルジアはナショナリズムという怪物を生む。だがそれだけではない。19世紀、機械織機が生んだ工場とスラムに吐き気を覚えたジョン・ラスキンとウィリアム・モリスは、中世の職人へと遡り、産業化への批判を組み立てた。失われた技を悼むことは、逃避にも、未来を正す理想の再接続にもなる。手を動かしたい欲望が反動に固まるか希望に転じるかは、何を悼んでいるかの自覚にかかっている。
若者が塗り替える「引退後の趣味」
All the Cool Kids Are Birding | The Atlantic (Jul 15)
長く退職者の趣味とされたバードウォッチングに、20代から40代が流入している。National Audubon Society の大学支部は2019年の10から117に増えた。転機は2つある。コロナ禍が画面から離れた戸外活動への需要を生んだこと、そして2021年に鳥の鳴き声を判定するアプリ Merlin の Sound ID が登場したことだ。かつて新参者は無愛想な古参から学ぶしかなかったが、アプリは独学を可能にした。参加者はこの趣味をPokémon Goになぞらえ、自然への精密な注意をヨガや瞑想のような実践と呼ぶ。ツールが入門の敷居を下げるほど、趣味は競技や記録の対象へと近づく。効率を退けた観察の時間が、逆に若者の渇望を満たしている。
「行列に並ぶこと」が娯楽になる街
It’s Humiliating. It’s Exhilarating. It’s a Line. | New York Magazine (Jul 8)
ニューヨークで、どこでも買える菓子やピザのために数ブロックの行列に並ぶ人が急増している。TikTok が自分の街の見逃しを絶えず映し出し、行列そのものが娯楽と社交に変わった。Caffè Panna はマンゴーもち米サンデーを昨春は週400個売ったが、この夏は4日で6,000個を売った。並ぶ理由の筆頭は FYP だが、次に多いのはFOMO だ。ある人は行列を「third space」と呼び、同僚と並ぶ口実にする。あらゆるものへの即時アクセスが可能になった時代に、あえて待つ時間と手作業の希少性が、達成感と帰属の場を提供する。効率の対極にある不便さが、逆に人を惹きつけている。
監視映像に「本当の自分」を探す
The rise of “surveillance chic” | Embedded (Jul 14)
ライターのケイト・リンジーは、監視映像が批判の対象ではなく表現の様式になりつつある状況を「surveillance chic」と呼ぶ。米国の玄関に広く普及した Amazon 傘下のカメラ付きドアベル Ring の映像は、既に独自のジャンルとして定着した。6月にマッケンジー・トーマスが YouTube で発表した短編は、全編が自室の防犯カメラの映像だけで構成された。そのために彼女は1カ月間、あらゆる動きを記録し続けた。眠る姿、泣く姿、食事、セラピー、打ち合わせ、友人との会話が、見栄えの悪さも含めてそのまま映る。加工されず、構図もない。この乱雑さこそ、これまで到達しえた最も真正な映像に近い、とリンジーは言う。すべてが捕捉され追跡される時代に、人は誰にも演じていない自分の姿をそこに見出す。監視への抵抗は、いつのまにか、監視の目を借りて自分を見る作法へと反転した。
クールケーションの検索、前年比「74%増」
Weathermaxxing is on the rise as temperatures become increasingly erratic | Fast Company (Jul 15)
涼しい旅先を求める「coolcation」の検索は、Trip.comで2025年に前年比74%増加した。旅行者調査では、天気が予約時の重視要素でコストに次ぐ2位となった。観光地が気候の従属変数に変わる。
Cold Hawaii:文化施設も集積するデンマークの「冷たいハワイ」
The Spa:Midjourney が手掛ける身体スキャン施設
Patterns by Naomi Klein:ナオミ・クラインがニュースレターを開始
新・消費論:誰もが語りたがる神話の正体
腸の文化史:腸がすべて決めてきた
【更新】[WORKSIGHT] 逢魔が時のバックルームズ:リミナルスペースの民俗学【島村恭則 寄稿】
【更新】[ワークプレイス採集学] 採集No.001:ホーム手前の安全地帯
【登壇】[WORKSIGHT] 30号 刊行イベント:武邑光裕・山下正太郎・若林恵 ウンベルト・エーコとパランティア?現代は中世化しているのか(Jul 31)
【連載】[WIRED] 眠りに値段がついた夜 | Future of Work
【開催】[WORKSIGHT] 30号発売記念!バックナンバーフェア開催
先日『A Useful Ghost』というタイの映画を見ました。粉じん公害で妻を亡くした男のもとに、妻の魂が掃除機に宿って戻ってくる。奇妙な出だしですが、話は思わぬ方へ進みます。社会に居場所のない幽霊が生き延びるには、権力にとって「役に立つ」存在になるしかない。妻の幽霊は、工場の操業を妨げる他の霊を祓うことで、自らが「良い幽霊」だと証明していく。役に立つかどうかで、残される者と消される者が仕分けられる。監督はこれを「社会に貢献するならという条件付きの愛」と呼んでいました。見終えて、これは幽霊の話だろうかと思いました。有用であることを条件にしか居場所をもらえない構図は、いま働く場所で強まっています。生産性は上がり続けるのに、その伸びは賃金と切り離されて計られる。人事の窓口はアプリに置き換わり、事情を抱えた人ほどこぼれ落ちる。AIが「役に立つ仕事」を肩代わりするほど、人は自分の有用性をより短い物差しで測られていく。役に立たなくなった存在を、それでも切り捨てないでいられるか。この問いは、案外、遠い話ではないように思いました。

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