最近、『ザ・ラストハウス』と『オークストリートの異変』という二つの映画を観ました。
『ザ・ラストハウス』では、ある家族が突然、雨とともに自宅に閉じ込められます。扉は開かず、窓を壊すこともできません。家は外部の脅威から家族を守る避難所であると同時に、逃げることのできない監獄へ変わります。
『オークストリートの異変』では、郊外の住宅街が見知らぬ世界へ移され、住民たちは恐竜をはじめとする脅威にさらされます。異変に巻き込まれるのは一軒の家だけではありません。通り全体が、慣れ親しんだ日常から切り離されてしまいます。
設定は異なりますが、二作品が物語の中心に置くのは、危機のなかで関係を編み直していく家族です。日常のなかで生じていた距離や対立、潜在的な葛藤などが、協力を通じて変化していきます。
一方で、同じ危機に直面している近隣住民との助け合いは、物語の中心にはほとんど現れません。とりわけ『オークストリートの異変』では、通り全体が危機にさらされているにもかかわらず、生存と回復の単位は家族にとどまります。
家族関係を健やかに保つためには、乗り越えなければならないさまざまな困難があります。その関係が回復していく様子を描くことの大切さはわかります。ただ、二つの作品からは、人々が家族の問題に向き合うだけで精いっぱいで、共同体にまで手や意識が回らない状況も示唆されているように感じました。
現実では、防災、福祉、子育て、孤独や孤立への対応など、家庭だけでは支えきれない課題が増えています。共同体と向き合う時間を増やさなければならない一方で、身近な共同体である家族の関係そのものが大きな課題となっているのだとしたら、社会のさまざまな問題に向き合うためにも、家族との向き合い方から見直していく必要があるのかもしれません。
とはいえ、家庭は私的な領域でもあり、外部から関わることが難しい部分があります。共同体は家庭にどこまで、どのように関われるのでしょうか。距離を詰めすぎず、孤立もさせない関わり方をどうつくるかは、悩ましいところです。
私たちの暮らしのすぐそばには、知っているようで知らない社会の仕組みがあります。
普段は見えにくい場所に目を向けてみると、私たちが生きる社会がどのようにつくられているのか、その輪郭が少しずつ見えてきます。
今回は、「見えない社会を見る」をテーマに、3つのシグナルを紹介します。
「マノスフィア」とは、男性性や恋愛、自己改善などをめぐって形成されてきたオンラインコミュニティの総称です。その一部では、女性蔑視や男性至上主義的な思想が広がり、若い男性への影響が社会問題となっています。
イギリスのドキュメンタリー作家ルイ・セローは、『ルイ・セロー:“マノスフィア”の深層にあるもの』で、マノスフィアを牽引するインフルエンサーたちを直接取材。彼らが何を考え、なぜ多くの男性たちを惹きつけているのかを、対話を通して探っていきます。
近年注目されているのが、マノスフィアを思想や運動だけでなく、「産業」として捉える視点です。若い男性が抱える孤独や経済的不安に対して、「あなたが苦しいのは女性や社会のせいだ」と原因や敵を示し、有料コミュニティやコーチング、自己改善商品などへと誘導する。人々の不安そのものが、利益を生み出す仕組みに組み込まれています。
さらにSNSでは、刺激の強い発信ほど拡散され、批判や炎上さえエンゲージメントになります。マノスフィアを見ることは、「男らしさ」の問題だけでなく、孤独や不安がメディア環境のなかでどのように増幅され、思想やビジネス、さらには政治へとつながっていくのかを考えることでもあります。
何気なく食べているフライドチキン。その一皿が私たちのもとに届くまでには、どんな歴史や産業が存在しているのでしょうか。
Netflixのドキュメンタリー『ビッグ・チキン: ファストフード業界の不都合な真実』では、イギリスのコメディアン、モー・ギリガンが、28日間、1日3回フライドチキンを食べる実験をしながら、南ロンドンからアメリカへと旅をします。そこで探っていくのは、フライドチキンの歴史から、ファストフードチェーン、大規模農業、大量消費を生み出す経済や産業の仕組みまで。
さらに、健康や環境への影響だけでなく、黒人文化とフライドチキンをめぐるステレオタイプや、料理がどのように商品化されてきたのかにも目を向けます。
毎日の「食べる」という行為も、世界の大きな仕組みとつながっている。身近な食べものから、その背後にある歴史や文化、産業をたどることで、普段は見えない社会の姿が浮かび上がってきます。
『ビッグ・チキン: ファストフード業界の不都合な真実』|Netflix
法律や制度のうえでは存在しないはずなのに、社会のなかには今も残り続けているものがあります。
満若勇咲監督によるドキュメンタリー映画『私のはなし 部落のはなし』が向き合うのは、日本社会に残る部落差別です。当事者へのインタビューや座談、差別意識を持つ人の話、歴史研究者による解説など、異なる立場からの語りを重ねながら、差別がどのように生まれ、なぜ現在まで残り続けているのかを見つめていきます。
「部落差別」という社会問題について語ろうとすると、歴史や制度をめぐる大きな物語になりがちです。しかしこの作品で重ねられていくのは、あくまでそこに関わる一人ひとりの「私」から見た話。差別を受けてきた人だけでなく、差別意識を持つ人の語りも、それを正しいものとしてではなく、その人が世界をどう見ているのかを知るための「私のはなし」として映し出されます。
大きな社会問題も、一人ひとりの経験や感情、記憶が重なり合ってできている。だからこそ、社会について考えるときにも、それぞれの「私」から語られる言葉に耳を澄ませることが大切なのかもしれません。『私のはなし 部落のはなし』というタイトルそのものが、そんな作品の姿勢を表しているように感じます。
映画『私のはなし 部落のはなし』:各プラットフォームで配信中
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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