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inquire Letter · Aug 3, 2026

#86 揺らぎのなかで、重心を移す練習

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inquire.jp, モリジュンヤ · inquire Letter

最近、相反する二つのモードを、どう行き来すればよいのかを考えています。

たとえば、目の前の成果に集中するモードと、長い時間軸でプロセスを重んじるモード。効率よく前へ進むことと、立ち止まって問い直すこと。どちらも欠かせないのに、一方に重心を置くと、もう一方が遠のいていくように感じます。

「立ち止まれる社会プロジェクト」への参画や、『スローメディア』や『ロングゲーム』など、長期思考についての本を読むなかで、自分自身や会社のあり方をあらためて見つめています。

考えたいのは、とにかく立ち止まること、長期的に考えることだけに価値を置くことではありません。時に、暮らしや仕事を続けるためには、短期的な成果を出し、効率を高める局面も欠かせないからです。一方で、すべてを短期最適へ寄せてしまえば、プロセスに時間をかけることや、変化とじっくり向き合う余白を失ってしまいます。

短期と長期。ファストとスロー。どちらか一方を正解とするのではなく、状況に応じて重心を移していく。いまは前へ進むときなのか、それとも立ち止まって考え直すときなのか。場面ごとに必要なモードを見極め、自分の構えを切り替えられることが大切なのだと思います。

二つのモードのあいだに身を置くことは、思っている以上に難しい。強く自覚していなければ、どちらか一方の、自分にとって都合のよい快適な状態にとどまろうとしてしまいます。目の前の処理に追われ続けることも、長期思考を理由に成果を先送りすることもできてしまうからです。

だからこそ必要なのは、自分の偏りにときどき揺さぶりをかけることなのかもしれません。二つのモードのあいだに生じる揺らぎを、解消すべき不安定さとして扱うのではなく、状況に応じた振る舞いを探るための余白として受け止めてみる。最近は、その行き来を少しずつ身につけるための訓練をしているような感覚があります。

まだ「こうすればよい」と共有できるような型はありません。それでも、この揺らぎのなかで考え、試し、ときに重心を移すことを続けながら、自分なりの知見を少しずつ確かめていきたいと思っています。

今週のテーマは、「世界の見方を変える」。

私たちは、目の前の出来事を「当たり前」のものとして見過ごしていることがあります。しかし、少し視点を変えるだけで、日常の風景も、映画も、インターネットで起きている現象も、まったく違った姿を見せてくれます。

観察すること、身体で体験すること、社会の背景を知ること。それらはすべて、自分なりの問いを見つけ、世界をより深く理解するための入り口です。

今回は、本や映画、ドキュメンタリーを通して、現代社会を新たな視点から捉え直す3つのシグナルを紹介します。

AIが身近になるほど、人間にとって大切になるのは、「何に目を向けるか」「そこからどんな問いを見いだすか」という力なのかもしれません。

ニコラ・ノヴァの『ふだんづかいの人類学』は、人類学を専門家のための学問ではなく、日常を新しい視点で観察するための実践として紹介する一冊です。本書では、「気づく」「関わる」「集める」という3つのテーマに沿って、歩く、聞き耳を立てる、人に話を聞く、一つのものに25の問いを立てるなど、19の観察のエクササイズが紹介されています。

観察とは、ただ正確に見ることではありません。視点や距離を変え、身体を使って世界と関わることで、これまで見えていなかった違和感や変化に気づき、その背景にある前提へと問いを向けていく営みです。

AIが答えを導き出すことを得意とする時代だからこそ、現実の世界を観察し、自分自身の問いを育てる力はますます重要になります。本書は、日常を少し違った目で見つめ直し、世界との向き合い方を豊かにしてくれる実践的な案内書です。

問いは、観察から生まれる。『ふだんづかいの人類学』を読んで:モリジュンヤ

映画『SIRAT シラート』

圧倒的な音と映像に、ただ身を委ねる。

映画『SIRAT シラート』は、失踪した娘を探す父と息子が、モロッコの砂漠を旅するロードムービーです。圧倒的な音響と映像、そして先の読めない展開を通して、人間が世界をコントロールできない存在であることを突きつけられるような作品でした。

「シラート」とは、イスラムの終末論に登場する「天国へ渡る橋」を意味する言葉。ラシェ監督は、この旅を単なる娘探しではなく、「恐怖や執着と向き合う内面の旅」として描いています。また、レイブについても「身体による祈りやカタルシスが生まれる現代の儀式」と語り、音楽やダンスを、人が自我を手放し、自分自身と向き合うための場として捉えています。

意味や救いを提示するのではなく、観る人に「それでも、どう生きるのか」という問いを手渡す。音と映像を身体で体験しながら、自分自身の価値観や世界の見え方を静かに揺さぶられる一本です。

音と映像に圧倒され、その先で立ち止まる。映画『SIRAT シラート』:モリジュンヤ

「マノスフィア(Manosphere)」とは、インターネット上で形成された男性中心のコミュニティの総称です。男性性や恋愛、働き方などを語る場として広がる一方で、女性蔑視や男性至上主義的な思想を発信するインフルエンサーも存在し、近年は世界的な社会問題として注目されています。

イギリスのドキュメンタリー作家ルイ・セローは、自身の制作した『ルイ・セロー: “マノスフィア”の深層にあるもの』で、そうしたインフルエンサーたちに直接取材し、彼らが何を考え、なぜ多くの人を惹きつけているのかを探ります。賛同も否定もせず対話を重ねることで、SNSやアルゴリズム、オンラインコミュニティが、現代の「男らしさ」をどのように形づくっているのかを丁寧に映し出していく本作。

番組から見えてくるのは、マノスフィアという現象だけではなく、過激な発信ほど注目を集めやすいSNSの仕組みや、人々の孤立、不安、政治との結びつきなど、現代社会が抱える課題そのものです。

「男らしさ」は、生まれつき備わったものではなく、メディアやコミュニティ、アルゴリズムのなかで形づくられていくものなのかもしれません。インターネット時代の男性性を考えるうえで、多くの示唆を与えてくれるドキュメンタリーです。

『ルイ・セロー:”マノスフィア”の深層にあるもの』を観た

こちらはイベント情報など、inquireからのお知らせを掲載するコーナーです。

モリジュンヤが理事として運営に参加しているNPO法人soarが、全5回のオンライン講座「ライフストーリーを聞く講座」を開催します。

この講座では、北野央さん、西村佳哲さん、瀬尾夏美さんをゲストに迎え、「聞く」ことについて学び、考えます。soarが取材やコミュニティアーカイブの実践を通して培ってきたインタビューの考え方や手法に触れながら、参加者同士でライフストーリーを聞き合うワークショップにも取り組みます。

誰かの人生に耳を傾けることは、その人を理解するだけでなく、その背景にある経験や価値観、時代や社会との関わりに触れることでもあります。語る人と聞く人のあいだで言葉が生まれていく時間を通して、「聞くこと」の豊かさと、語りの可能性を探る講座です。

8月10日(月)から講座がスタートします。申込締切は同日12時ですので、ご関心のある方はぜひお申し込みください。

詳細・お申し込み

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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