最近、AIをフルに活用しながら仕事をするなかで、仕事の進め方が大きく変わっていることを実感しています。情報を集め、整理し、文章にし、次の選択肢を考える。これまで時間をかけていた過程の多くを、AIと一緒に進められるようになりました。
変化が大きいほど、あらためて考えたくなるのが、人間はどのような役割を果たすのか、そして、そのために何を身につけていけるとよいのか、という問いです。
たとえば、問いを立てること。目の前で起きていることを観察すること。人と人のあいだに関係を築くこと。前回触れた「リレーショナル・インテリジェンス」も、この問いにつながっています。
そして最近、改めて大切にしたいと感じているのが、「聴く」ことです。
相手の言葉を情報として受け取りながら、言いよどみや沈黙にも注意を向ける。その人のなかで、まだ形になっていない考えが生まれてくるのを待つ。対話の結論を急がず、問いが育つ余白を保つ。そうした営みは、さまざまな場面で人間が果たせる大切な役割になるのではないかと考えています。
先日、ドミニク・チェンさんと西村佳哲さんが登壇するsoarのイベントで、モデレーターを務める機会がありました。この経験も手がかりにしながら、「きく」ということについて、もう少し解像度を上げて考えてみたいと思っています。
何を聴くのでしょうか。どのように聴くのでしょうか。そして、聴くことによって、相手やその場には何が生まれるのでしょうか。
ありがたいことに、AIと共に仕事をすることは自分の暗黙知を言語化する機会にもなります。うまく組み合わせながら、自分なりの「聴く」を言語化して、さらに探究していきたいと思います。
今週のテーマは、「語りに耳を澄ませること」。
誰かの言葉に耳を傾けることは、人との関係を育み、自分や社会の見え方を少しずつ変えていく営みでもあります。
今回は、人の語りを通して、人生や社会を見つめ直す3つのシグナルを紹介します。
『東京の生活史』は、社会学者・岸政彦さんが編者を務めたプロジェクト。150人の「聞き手」が、東京にゆかりのある150人に人生を聞き取り、その語りをほとんど解説することなく、一冊の本にまとめました。
一人の人生にじっくり耳を澄ませると、その人だけの物語だけでなく、時代や地域、社会の変化までもが浮かび上がってきます。誰かのライフストーリーは、その土地が歩んできた歴史でもあるのです。
『東京の生活史』では、編者による考察や結論はなく、150人の人生が、その人自身の言葉のまま並べられています。
岸さんはインタビューで、「これを読んでも東京がどんな街かなんて分からないと思います」「何か意味があるのか、という考え方自体が嫌いで、ただ面白いかどうかだけです」と語っています。
だからこそ、この本は「東京とは何か」という答えを与えてはくれません。一人ひとりの人生に耳を澄ませるなかで、読み手それぞれが社会や時代について考え、自分なりの意味を見つけていく一冊です。
松本紹圭さんは、東京・光明寺の僧侶。東京大学卒業後、インド商科大学院でMBA(経営学修士)を取得し、仏教と経営の両方を学んできました。その知見を生かし、企業で働く人や経営者と対話を重ねる「産業僧」という新しい実践を提唱しています。
企業には産業医がいます。では、働く人の「生き方」に寄り添う僧侶がいたら?
そんな発想から生まれたのが産業僧。社員のメンタルヘルスを支えるだけでなく、経営者や新入社員、ハイパフォーマーなど、さまざまな立場の人と対話を重ねながら、一人ひとりが自分らしく働くための支えとなっています。
松本さんが対話のなかで投げかけるのは、「人生には無数の選択肢があります。その中で、あなたはなぜ今、ここで働いているのでしょうか」という問いです。正解を示すのではなく、働く意味や生き方を自分自身の言葉で見つめ直す時間をつくっています。
こうした問いに向き合うことで、「こうあるべき」という思い込みから少し距離を取り、自分自身の働き方や生き方を見つめ直していく。人の話を聞き、問いを交わすことは、一人のためだけでなく、変化の時代に求められる新しいリーダーシップや組織文化を育むことにもつながっています。
私たちは、人を知っているつもりで、肩書きや先入観だけで見てしまうことがあります。
「The Human Library(ヒューマンライブラリー)」は、2000年にデンマークで始まった、対話を通して偏見やスティグマを減らすための非営利プロジェクトです。
「Don’t judge a book by its cover(表紙だけで本を判断しないで)」という発想から生まれ、人を「本」として貸し出す図書館というユニークな仕組みをつくりました。現在では85か国以上に広がり、図書館や学校、美術館、企業などさまざまな場所で開催されています。
「本」となるのは、難民やLGBTQ+当事者、精神疾患のある人、障害のある人など、偏見や誤解を受けやすい経験をもつ人たちです。読者は30分ほど対話をしながら、普段は聞けないことを率直に尋ね、その人の人生に耳を傾けます。
Human Libraryが目指しているのは、正しい知識を教えることではなく、「安全に話し、安心して聞ける場」をつくることです。人の話をじっくり聞くことで、相手への理解だけでなく、自分の思い込みにも気づいていく。一つひとつの対話が、「人を決めつけない」社会につながっていくという考え方です。
こちらはイベント情報など、inquireからのお知らせを掲載するコーナーです。
モリジュンヤが理事として運営に参加しているNPO法人soarが、全5回のオンライン講座「ライフストーリーを聞く講座」を開催します。
この講座では、北野央さん、西村佳哲さん、瀬尾夏美さんをゲストに迎え、「聞く」ことについて学び、考えます。soarが取材やコミュニティアーカイブの実践を通して培ってきたインタビューの考え方や手法に触れながら、参加者同士でライフストーリーを聞き合うワークショップにも取り組みます。
誰かの人生に耳を傾けることは、その人を理解するだけでなく、その背景にある経験や価値観、時代や社会との関わりに触れることでもあります。語る人と聞く人のあいだで言葉が生まれていく時間を通して、「聞くこと」の豊かさと、語りの可能性を探る講座です。
8月10日(月)から講座がスタートします。申込締切は同日12時ですので、ご関心のある方はぜひお申し込みください。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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