代えがきく。
代えがきくとかっていうと、まあ、人間に関して言えば、「代えがきく人間」などというと、もし自分がそう言われたら、まあ、落ち込む人が多いだろうし、落ち込むというかね、嫌な思いをする、嫌な気持ちになる人も多いだろうし。
ただ、考えてみれば、私たちは代えがきくということを良い意味でも考えている場面も当然多い。例えば消耗品に関して言えば、今使っているゴミ袋が決して代えがきかないゴミ袋だったら、まあ、それは困るわけだ。ゴミ袋は定期的にゴミを入れて、ゴミを出さなきゃいけないからね。それ以外にも、なんだろうな、明確にそれが消耗品であれば、代えがきかない消耗品などというものはあり得ないし、あってはいけないだろう。なくなると困るけれども、もともとなくなることを前提にした使い方をしているから。
例えば、じゃあ靴とかはどうなるかというと、お気に入りの靴というものはある。まあ、あるかどうかは人によるけれども、ある人もいるだろう。お気に入りのゴミ袋というのはないだろうけれども、お気に入りの服というものはあるし、お気に入りの靴というものもあるし、まあ、例えばお気に入りの食器、お気に入りの箸、お気に入りの、なんだろうな、カバン、机、まあ、いろんなものがある。
消耗品だとしても、例えば、わからないが、ハンドクリームのようなものがあって、お気に入りのハンドクリームというものがあるとしても、物としてはそのハンドクリーム自体がお気に入りなわけではないというか、なぜならハンドクリームは使えば減っていくわけで。もちろん、誰かからもらった思い出のあるハンドクリームみたいなものであれば、それがなくなってしまう瞬間でも、きっと何かこみ上げるものが多少なりともあるだろうけれども。
しかし、そういったケースと、ただ「私、自分はこのハンドクリームが気に入っているんだよね」と思いながらそれを使っていて、しかし使っている以上は減っていくし、まあ、減ったらまた同じものを買う、というケースは、お気に入りといっても、使わないわけではないというか、その銘柄は気に入っているわけだ。銘柄は気に入っているけれども、物としては入れ替えてもいいわけだ。
ただ、じゃあ靴とかに関して言えば、まあ、靴も結構履いていくとね、ボロボロになったり、その靴底が減ったり、比較的消耗品という度合いが強いけれども、じゃあ靴はどうなんだというと、靴に関しても、まあ、確かに気に入っている分使うと、まあ、劣化していくし、そうなったときに、それが例えば限定的なね、その限定品のような、実はもう入手することができないものであれば、それを捨てるのはなかなか、それは新しく買い替えたらいいものではないというか、そもそも新しく買えるものではないということになる。
しかし、もし例えば、まあ、めちゃくちゃ定番でいつでも買えるという形、まあ、オールスターとかね、まあ、そういうものが気に入っていたとしたら、それもまた、それが気に入っているけれども、まあ、ボロくなってきたら履き替えればいいというか、新しいやつを買えばいいね、という気持ちでいる。けれども、そこにやっぱり、それが誰かからもらったものであるというものがあると、その大量生産のもの、ほかに代えがきくものであっても、その一つ固有の希少性みたいなものが生まれてくるわけだ。
こう考えていくと、実はすべて同じことを言っているのではないかと。書き始めたときは、何か違う分類ができるのではないかと思って書き始めたんだが、結局は全部同じことを言っているのだろうか、という気がしてくる。
お気に入りのハンドクリームは、基本的にはこの容器が好きなのではなくて、その銘柄が好き、そのタイプが好きなのである。使い切って別の一本に変わっても、同じものを好きである、同じものを使っていると自分が感じられるということ、自分が感じられることが大事だ。だけど、誰かからもらったハンドクリームは、同じ商品をもらっても、同じものを使っているという気持ちにはなれないかもしれない。おそらく、なれないだろう。
そうだな、そこで私が思いたかったのは、考えたかったのは、たぶん靴というのは中間にあるということ。靴は一品ものではない。ほとんどの場合の靴は一品ものではないけれども、何か中間にあるような感じがするな。ゴミ袋だってきっと、何かそこに思い入れがあれば、捨てることはできないだろうし、あまり詳しくないが、いわゆるアウラと呼ばれるものの話なのかなと思う。
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