原田:6月の「デザインの手前」は、アートディレクター、グラフィックデザイナーの田部井美奈さんをお迎えするシリーズを、全4回にわたってお届けしてきました。後半2回はゲストをお招きした対談形式でしたが、今月も2人のデザイナーをお招きする全4回のシリーズでお届けしたいと思っています。番組も4月から3年目に入りましたが、3月に2周年記念の公開収録を桜新町のbuffというスペースでやりましたよね。
山田:はい。
原田:その時はイベントの告知も兼ねて、会場として使わせていただいたbuffを運営している方々に出ていただきました。buffは、TANKという施工会社が運営していて、TANKの中の人や、外部パートナー的な立場の建築家、グラフィックデザイナーがコアメンバーとして運営する1年限定のスペースでした。その回も「デザイナーが場を持つこと」をテーマにお話ししましたよね。
今回はそのテーマをさらに深掘りしていくようなシリーズになるかなと思っています。では早速、おふたりをお呼びします。まずは、設計事務所 DAIKEI MILLSの代表で、現在は東京・亀有で SKWAT KAMEARI ART CENTER、通称SKACを運営されている中村圭佑さんです。中村さん、よろしくお願いします。
中村:よろしくお願いします。
原田:そしてもう一方が、国内外でプロダクトや空間のデザイン、ブランドディレクションなどを手がけ、現在、神戸とフランスのアルルにVAGUEというスペースを運営されている柳原照弘さんです。よろしくお願いします。
柳原:よろしくお願いします。
山田:よろしくお願いします。
原田:今日は素敵なスペースを運営しているおふたりをお招きしているのですが、実はいま収録をしているのは、どちらのスペースでもないんですよね。
山田:そうですね⋯。
原田:ここはどこですか?
山田:ここは僕の家なのですが、本当にこの2人を招くのは嫌だった(笑)。
柳原:いや、凄く良いです(笑)。
原田:アットホームな感じで(笑)。
中村:本当に良いですよ。
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6月に4回にわたって配信したアートディレクター、グラフィックデザイナー・田部井美奈さんのシリーズを振り返るダイジェスト記事をnoteに公開しました。こちらもぜひご覧ください!
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山田:普通の家に来てもらった感じで恐縮ですが(笑)、そもそも僕はおふたりに取材する機会も多く、よくお会いするのでそれぞれに出ていただきたいと思っていました。原田さんとも「場の話をやりたい」という話をしていて、それならやはり中村さんと柳原さんのおふたりだということで、かなりダメ元でご相談したら、意外にもおふたりのスケジュールが合ったんです。
原田:お忙しいということもあるし、東西で拠点も別だったのでなかなか難しいかと思っていましたが、おふたりのご協力もあり実現することができました。
山田:非常にありがたい機会をいただけましたね。
原田:実は中村さんは、山田さんが以前にモデレーションされた福岡市美術館でのトークの配信でも。
山田:そうですね。テレンス・コンランの展覧会の会場で行ったトークを再編集したものを配信させていただいたという経緯があります。
原田:いまも残っているので、そちらもぜひ聞いていただけたらと思います。では本編に入る前に、おふたりのプロフィールを僕の方からご紹介させていただきます。
中村圭佑さんは1983年、静岡県のお生まれです。2011年に設計事務所・DAIKEI MILLSを設立されました。現在は東京を拠点に活動し、CIBONE、ISSEY MIYAKE、NOT A HOTEL、LEMAIREなどの商業空間から、avex、Takramなどのクリエイティブ企業のオフィスまで、さまざまなプロジェクトに取り組み、デザインの実践を通して人と空間のあり方を考え続けています。また、2020年より、都市の遊休施設や社会的隙間を時限的に占有し、一般へ開放する運動SKWATを開始。2024年には、JR常磐線の亀有駅と綾瀬駅の間の高架下スペースに、SKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTER)をオープンされました。
続いて柳原照弘さんのプロフィールをご紹介します。柳原照弘さんは1976年、香川県のお生まれです。2002年にご自身のスタジオを設立後、インテリアデザイン、プロダクトデザイン、ブランドのクリエイティブディレクション、アートディレクションなどを包括的に行い、エルメスやmame kurogouchi、Kvadrat、and tradithionなどへのデザイン提供や、1616 / arita japanなどのブランド立ち上げにも関わられています。また、2021年にフランス・アルルのスタジオ兼アートギャラリー・VAGUE ARLESを、2023年にスタジオ、ギャラリー、ショールーム、飲食スペースを内包するVAGUE KOBEをそれぞれオープンし、日本、フランス、イギリス、台湾、オランダを拠点に、国や文化の境界を超えたプロジェクトを手がけられています。
ここから4回にわたってお話を伺っていきますが、デザイナーが運営する場のあり方を全体のテーマとしつつ、1回目と2回目は、中村さん、柳原さんそれぞれの活動と、運営している場の概要を聞いていきたいと思っています。3回目、4回目は対談形式で、より掘り下げて、デザイナーと場の関係を伺っていきます。
まず今日は中村さんに、ご自身のデザイン活動と、並行して展開されているSKWAT、そして亀有のSKAC についてお聞きしていきたいと思っています。よろしくお願いします。
中村:はい、お願いします。
山田:お願いします。
原田:まずはSKWATの話を聞く前に、中村さんが運営されている設計事務所・DAIKEI MILLSについて聞きたいのですが、中村さんはもともとデザインを専門的に学ばれていたわけではないんですよね。
中村:まったくです。もうズブの素人でございます(笑)。
原田:どういうきっかけでデザインの道に?
中村:もともとロンドンの美術大学に行っていて、そこで美術を学んでいました。もちろん美術は、クリエイティブの中のすべてを包括しているある意味ジャンルレスな領域だと思っていて、仮にファインアートでペインティングをやるにしても、そこには必ずデザインという行為が内包されている。だから、ものをつくるという領域において、デザインするというのは、そのプロセスの中にあるものだという感覚があります。
原田:「手法」という感覚ですか。
中村:僕の中ではそうですね。専門的にデザインそのものを学んではいませんが、本当にそれは学ぶものなのかという思いもあります。もちろん良し悪しはありますが。
原田:どちらかというと、イギリスで学ばれたアートというのが思想や活動のベースにはあるという感じなのですか?
中村:そうですね。それもありますが、学校にはそんなに行っていなかったですし、何よりそこでの友人たちとの遊びや活動みたいなものが、すべていまにつながっています。その後、日本に帰ってきてからVACANTというスペースを、ロンドン時代の友人たちと立ち上げたのですが、その時の経験がいまのSKWATの活動やDAIKEI MILLSの基盤になっていると思います。本当にいろんなものがごちゃ混ぜになっているフリースペースのような場所で、空間もグラフィックもすべて自分たちでつくり上げていきました。だから、何かをゼロから全部自分たちでつくり上げていくことが当たり前のレベルであるという感覚ですね。
原田:そこからDAIKEI MILLSへつながっていくわけですが、そもそも名前も面白いですよね。中村さん個人の名前を冠した事務所ではなくて、少し匿名性のあるような名前で活動を始められています。DAIKEI MILLSとしての活動が始まった明確なタイミングというのはあったのですか?
中村:それがあまり明確にはないんです。もともとDAIKEI MILLSの「ダイケイ」は、ダイちゃんケイちゃん、ダイスケとケイスケの頭文字を取っているんです。
原田:そうなんですね。
中村:当時、ダイちゃんというパートナーとふたりで始めていました。最初はDAIKEIでドメインを取ろうとしたら取られていて、何か付けなきゃいけないなと思ったんです。その時ちょうどマイク・ミルズの映画にすごくハマっていて、「mills」には工場という意味もあるし、ものづくりに携わっている感じもあって、なおかつ人の名前っぽい響きもある。それで DAIKEI MILLS という名前にしたんです。僕が付けたというよりは、その話をした時に誰かが付けたような覚えもあって、本当にふわっとしています。
山田:しかもDAIKEI MILLSは、メンバーによって有機的に変わっていくというか、つくっているものや興味そのものが、本当に有機的なグループなんですよね。メンバーによって姿が変わっていく面白さがある。それはいわゆる設計事務所やデザイン事務所では、なかなか起こりにくいことだと思います。
中村:そうかもしれないですね。
山田:トップダウンでファウンダーがいて、その人の世界をどうつくっていくかという形が多いですが、DAIKEI MILLSは常に有機的に姿を変えていく。それがまたいまどうなっているのかという話にもこの後つながっていくと思いますが。
原田:柳原さんはご自身の名前でスタジオを持たれているので、スタジオの成り立ちや主体のあり方も対照的かなと思います。自分が考えるスタジオのあり方が名前にも表れている気がしていて、だから DAIKEI MILLSという名前も気になったんです。
中村:僕もいまだに電話に出る時に「DAIKEI MILLSです」と言うのは違和感があります。十何年やっていますが、いまだにしっくりはきていない(笑)。でも、そのくらいの浮遊感が居心地が良くて、いろんな道に行ける感じがある。何かに固執していないというのも良さかもしれないです。
原田:現在のお仕事の割合としては、DAIKEI MILLSとしては空間や内装などの仕事が割合としても大きいんですよね?
中村:そうですね。ただ、ここ2、3年くらい、特にSKWATの活動を始めてからは、本当に仕事の幅やクライアントの種類が一変しましたね。
いままでのようなストアデザインや空間デザインの仕事は継続しつつも、全然ジャンルの違う仕事やスケールが大きい仕事が増えていて、その部分は大きく変化していますね。
原田:そういう意味では、SKWATの活動を始める前のDAIKEI MILLSが空間の仕事を中心にしていたのも、割とたまたまだったのですか?
中村:本当にそうですよ。
原田:空間のデザインがしたかった、というわけではなかったと。
中村:インスタレーションや彫刻という概念の中での空間構成にはもちろん興味がありましたし、それはいまにも続いています。でも、本当にたまたまなんですよね。
原田:いまちらっと出た「彫刻」というのは、どういうことですか?
中村:僕はものづくりをしている時に、彫刻をつくるという概念がベースにあって、そのスケールが大小している感覚なんです。たとえばSKWAT KAMEARI ART CENTERという、社会や街に開かれたパブリックスペースなのですが、社会的な彫刻のような感覚で捉えています。
原田:社会的な彫刻というと、やはりヨーゼフ・ボイスのことも浮かびますが、そこからの影響があるのですか?
中村:やっぱり多大にありますね。
山田:アートなどいろんなものがバックグラウンドにあって、それがおふたりの活動の面白さにつながっているのかなと思います。DAIKEI MILLSの面白さは、可変性の高い空間をつくるところで、あまり空間を固定しないんですよね。パーツのようなものをつくって、プラットフォームのようなものとして、ユーザー側が自由に変えていける。そこがDAIKEI MILLSの空間の良さだと思っています。彫刻というと固定されたものを想像しがちですが、コンテンポラリーな彫刻は可変するものでもあるので、そういう意味でも凄く彫刻的だなと思います。
中村:そうですね。たぶん日本語の「彫刻」と、英語の「sculpture」では意味合いが少し違っていて、sculptureの方がもう少し広い概念なんです。立体という意味合いの中にあるものなので、インスタレーション自体もその概念に入ると思っています。
原田:さきほどプロフィールをご紹介した時に、「人と空間のあり方について考え続けている」という言葉がありましたが、そこがご自身やDAIKEI MILLSの活動における一番の軸になっているのでしょうか。デザインは手法として考えているとおっしゃっていましたが、その目的としては、人と空間がどう関係するのかというところであり、そこを掘り下げている感じなのですか?
中村:そうなんですが、始めたばかりの頃はそうでもなくて、やっぱり自分の作品そのものにもっとフォーカスしていて、どうつくり上げるかを考えていました。でも、その限界を感じるタイミングがあったんですよね。これは誰が幸せなんだろう、自分が幸せだとしても、幸せじゃない人がたくさんいたら本当にそれでいいのか、と。ものづくりをしている多くの人がぶつかる壁だと思いますが、僕もまさに同じでした。
それを経て、もっと自然体の自分でいいんじゃないか、自分の自然な表現の方が実は人が共鳴してくれたり、喜んでくれたりするんじゃないかと。でもそれは自分にとっては簡単なことだし、そういうことはあまりやりたくない。もっと遠投したくなるじゃないですか。でも実は、等身大の目線で自分たちの普段の考えや延長線上で表現できることの方が目新しかったり、共有できたりすることに気づき始めたタイミングがあったんです。そこから自分も凄く楽になったし、自分らしさも出るようになった。そうすると表現もそうですし、言葉や伝えるべきこと、社会に対するメッセージのようなものもどんどん鋭利になっていった感覚があります。
山田:DAIKEI MILLSがやっていることは、これまでの歴史の中である側面から見れば全くなかったわけではないけれど、ある側面から見ると凄く新しさがあると思うんです。それは時代の要請もあるし、受け手側のリテラシーが上がったこともあると思います。少し前の日本でSKWATをやっても、果たしてあそこまでみんな能動的に動けたのかなという気がします。いままで全くアートブックに興味がなかった人がSKWATに行くことで、これまで考えたこともなかった本との出会いの喜びを得たり、カフェのある空間ではいろんな展示もされていて、それを通して意識が拡張するきっかけになったりしている。最初のきっかけはSNSかもしれないけれど、そこからその人自身を変えていくようなこともあるのかなと。
原田:いまSNSの話もありましたけど、インターネット空間が広がっていく中で、場に求めるものもかなり変わってきていますよね。ある種のハプニング性みたいなものをより場に求めるようになったり、ユーザー側も場に対して能動的に関わっていくようなマインドになってきている気もします。そういうところと、DAIKEI MILLSやSKWATも含めて、中村さんが実践しようとしていることの相性がどんどん良くなってきている部分もあるのかなといまの話を聞いていて思いました。
中村:やっぱり施工費や予算の問題は、建築でも空間でも大きいと思うんですね。10〜20年前よりも潤沢な予算が取れなくなってきている時代において何をすべきかというとき、ハードよりソフト、コミュニティで答えを出していこうというのが強くなっているんじゃないですかね。いまはそういう場所や体験が、インターネットと同じようにフィジカルな場所としても求められている。自分たちで探して、自分たちで行って、自分たちでつくっていこうという感覚を僕自身が一番感じていたので、それを代表者としてやってみようという感覚が強いかもしれないですね。
山田:クライアント側の考え方も変わってきていますよね。現場の担当者に若い世代の人が出てきたりして、たとえばSKWATに行くことで刺激を受けて、目が開いていくというか、「こういうことをやっていいんだ」と思えるようになる。たぶんそれはVAGUEも一緒で、VAGUEに行くことで何かを感じて、そこから担当者レベルで「これをやりたい」「この人と一緒にやりたい」という情熱が生まれたり、「こういうことができるんだ」と可能性が開いていったりする。SKWATなんてまさに「電車の線路の下であんなことをやっていいんだ」という(笑)。それを東京で本当に実現できたのは凄いと思うし、それは中村さんだけのことではなく、それを決断してゴーサインを出したJRも凄いと思います。だから自分だけじゃなくて、社会も一緒に変わっていくんですよね。
中村:まさにそうですね。ジェイアール東日本都市開発の方々も皆さん口をそろえてそう言っていましたし、そういう時が来たということですよね。
山田:だから、社会を変えるファクターに建築家やデザイナーが関与できるということ自体が、可能性として凄く良い時代を迎えているのかなという感じがします。
原田:SKWATという活動における最新の取り組みとして亀有の施設があると思いますが、そもそもSKWATが始まったきっかけも改めて聞かせていただけますか?
中村:まさにさっき言ったように、自分らしい表現というところでVACANT をやっていたし、その中でDAIKEI MILLS を立ち上げて、設計事務所としていろんな仕事に携わらせてもらっていました。ただ、時代の変化とともに感じていたのは、自分たちの表現から賛同者を集めていくスタイルの方が、時代的にも僕自身にとっても居心地が良いし、自然体だということでした。そうした中で、表現方法を探していたんです。アートの文脈で言えば、どういうメディアで表現するか、彫刻でいくのか、ペインティングでいくのかみたいなことをずっと考えていました。最初はかなり遠投しようとしていて、極端に言えば「パン屋をやるか」くらいまで考えていたんです。もちろんそれはメタファーですが、それくらいDAIKEI MILLS から遠く離れてみたいと思っていました。でも冒頭にも話したように、自分らしさや自分が表現してきたこと、経験してきたことは無駄にしたくなかったし、その延長線上でありたかった。最終的には、VACANTでやっていたオルタナティブスペースのようなことと、空間表現の両方を賄える方法として、自分のフィルターを通したものが一番フィットしたタイミングだったのかなと思っています。加えて、東京オリンピックが差し迫っていて、渋谷や原宿の街が急激に変化していったり、自分があまり求めていないような街の変化が如実に表れていたタイミングでもあった。そこに合わせて何ができるかということでSKWATを立ち上げたんですね。
原田:具体的に何をされてきたのかは、テレンス・コンランのトークイベントの内容を過去に配信しているので、そちらを聞いていただくのがいいと思いますが、現代の都市における変化や当時中村さんが感じていた問題意識というのは、具体的にはどういうものだったのですか?
中村:都市をそこまで僕が大きく捉えられるかはちょっと別の話なのですが、人が介在している場にはいろんなタイプの人間がいて、いろんなハプニングが起こるわけじゃないですか。ところが昨今の都市開発を見ていると、きれいな部分だけを残して、負の部分をどんどん削除していこうとしている感覚があって、二重構造で保たれていたものをどんどん一重構造にしようとしているように見えるんです。汚いものや見せたくないものを隠そうとしているような。
でも、面白い街というのはやっぱり両方あるべき。二極がちゃんと存在していて、揉めながらもうずめきあっていいものが生まれていく。それを信じてやっていくというか。その摩擦がないと、街は成長しないですよね。スポーツと同じで、ライバルがいないと成長しない。その二重構造を残すべきだったのに、それがどんどんなくなってきている感覚がある。僕の活動としては、そこに対する起爆剤になれたらいいと思っていて、SKWATというネーミングもそうですし、場のあり方やその空間に入った時の感じ方も含めて、アンチテーゼとまでは言わないにせよ、そういう感覚はやっぱりあります。
原田:SKWATは「社会のVOIDに価値転換を起こす運動」という説明がされていますが、VOIDという言葉自体は、日常会話ではあまり使わないですよね。この言葉にはどういう意味があって、どういう意図で使っているのですか?
中村:凄くわかりやすく言うと、本来価値があるはずなのにそれが見過ごされてしまって、価値がないものとして現存しているような状況のことを、僕はVOIDと呼んでいます。わかりやすい例で言えば、遊休施設や空き家などがありますし、少し前に京都でプロジェクトをやらせてもらったのですが、ラジオという媒体もそうでした。いまはポッドキャストが凄く人気で、地方のラジオは存続も含めて下火になってきている。でも、メディアとしては凄く面白い場だと思うんです。だから、そういったものにアプローチさせてもらったりもした。つまり、フィジカルなものだけではなくて、社会的に見過ごされてしまいそうだけれど、角度を変えて見たら凄く価値があるものに、僕らが何かを投げかけて価値転換を起こそうということです。
原田:なるほど。VACANT は「空っぽ」という意味だと思いますが、VACANTからVOIDに変わっていったニュアンスの違いはあるのですか?
中村:ほぼ同じ意味です。VACANTというネーミングも実は僕が付けたわけではなくて、一緒にやっていた永井祐介が付けたのですが、結局場をつくるのは人間であり、コンテンツなんですよね。だから、空の状態がいちばんフットワークが軽くて、入ってきた人がその場を自分ごとにできる。それがVACANTな状態だよね、と。場所の定義も名前も入ってくるものによって変わるよねという思想は、いまだに僕の中にありますね。
山田:もうひとつ言うと、VOID から、そのVOID が持っている空白を剥ぎ取らないということもありますよね。それを別のもので埋めてしまうのではなく、VOIDが持っていた余白や余韻のようなものをちゃんと受け継いでいく。再開発では、VOIDだったものが何か別のものに埋められてしまう。でも、VOIDが持っている空っぽな何かを継承しながら、そこに寄り添って新しいあり方を考えていく。もちろん過去のすべてを継承するわけでもないし、すべてを肯定するわけでもなくて、そこにはちゃんと批評も入る。そのあたりは凄くアートの文脈に近いですよね。
中村:そうかもしれないですね。
原田:その中で、現在活動の中心になっているのがSKWAT KAMEARI ART CENTERだと思いますが、ここまで運営してきての手応えや、SKAC の現在地についても改めて聞かせていただけますか?
中村:僕はずっと、自分が理想としていた自分の姿に対して、何年も遅れを取っている感覚を凄く感じていました。早く自分の理想に追いつきたい、追いつきたいとずっと思っていました。これはあまり他では言ったことはないですが。それを一気に押し上げてくれたのが SKWATの活動であり、SKWAT KAMEARI ART CENTER、SKACの存在だったというのは正直あります。事務所の形態や雇用している人数、仕事の内容も含めて、グローバルスタンダードで仕事をしていきたいと思っていて、もっと早く本当はやりたかったけれどなかなかできなかった。その部分を一瞬で押し上げてくれたという感覚があります。
原田:SKWAT KAMEARI ART CENTERの特徴は、もともとレコードや本の倉庫を開放しているということだと思います。それで言うとDAIKEI MILLSも普段の設計の仕事で扱うマテリアルをアーカイブされていて、アーカイブのための場という機能を拡張していることが大きな特徴だと思います。
中村:そうですね。自分の身の丈に合ったことを表現していきたいというのがあって、それは関わる人間みんながそうであってほしいと思っています。そこから生まれた余白が表現の余裕につながって、本当に良いものが生まれるんじゃないかと思っています。もちろん、それは経済活動がうまくいっているからこそできることでもあるし、いろんなベースをどうつくるかという話でもあるのですが。
「無理をしない」という意味では、自分たちが持っているリソースから考えると大きいスペースが必要だったんですね。みんなそれぞれ、たとえばtwelvebooksもVDS も別に倉庫を持っていたり、活動拠点を別に持っていたりしたのですが、それはよく考えたら意味のないことでもある。だったらまず自分たちが幸せになれる空間をひとつつくって、それをみんなで共有して、開いていこうと。
いわゆる当たり前とされている「オフィスを持って、倉庫を持って」という固定観念をまず疑っていく。それが僕たちにとってのVOIDという感覚なのですが、その見えないVOIDをどうほぐしていって、自分たちが人間として普通にやるべきことをやれるかということなんです。こうした方が儲かるとかそういうことではなくて、自分たちがよりハッピーになれるし、来てくれる人にもリアリティがそこに生まれるし、みんなでつくり上げていくというのはこういうことだよねと指し示したかった。その結果として、自然とこういう形になったんです。
原田:1回目の今日は、中村圭佑さんにDAIKEI MILLS の仕事から、並行して活動しているSKWAT、そして亀有のスペース・SKWAT KAMEARI ART CENTERの話を中心に伺ってきました。2回目は柳原さんにご自身の活動と、フランス・アルルと神戸で運営しているVAGUEのお話、そして両者の関係について聞いていきたいと思っています。中村さん、今日はありがとうございました。
中村:ありがとうございました。
原田:柳原さん、来週よろしくお願いします。
柳原:はい、よろしくお願いします。

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