どうも、ねじまきです。
さっそく2026年5月の話題を振り返っていこうかなと。
・画一的な都市開発から脱却した「グラングリーン大阪」の事例│シリーズ「センシュアス・シティのつくりかた」 | LIFULL HOME’S PRESS
「センシュアス・シティ(官能都市)」とは、安全性や利便性といった客観的なスペックではなく、人々の体験や街との関わり合いといった“動詞”で都市を評価する概念だ。センシュアス度の高い都市は、経済合理性の下でそうしたスペックばかりを追求し、均質化されてしまった街では得られない「生きがい」や「自分らしさ」といったウェルビーイングをもたらすとともに、街に「場所の意味(ナラティブ)」を育むとして注目されている。
このようにかつてないセンシュアスな空間を実現した最も大きな要因は、近視眼的な経済合理性ではなく、中長期的な都市の在り方から逆算した姿勢だろう。
以前も書いたけれど、都市のど真ん中にグラングリーンのあの空間を作る判断をしたのはほんとにすごい。
青空と緑が広がる空間、東京の人も一度は行ってみてほしいな。
何事にも「自分はこうしたい」、「自分はこうすべきだと思う」、「自分ならこうする」といった自分の意見を持っておけという話。
意見が正しいかどうかはあまり重要ではなくて、 “自分なりの意見を持つこと” 自体がまずは大事。当たり前やろと思う人もいるかもしれないが、これは意外と訓練が必要で、慣れないとできない。
ちなみにこれはインターネッツ上の情報に対しても同じ。誰かのコメントではなく自分を主語にして「自分はこう思う」と言えるようにしておいたほうがいい。いきすぎると偏屈 / 頑固になるので、自分の意見を持ちつつ他の意見を見定めて受け入れるというスタンスも必要なのだけれど、まずは自分の意見を持っていないと始まらない。
たとえ誰に読まれることがなくても、ブログやポッドキャストってこのためにやる価値あると思うんよね。
みんなもニュースレターとかブログやりませう。
完璧に整っていることよりも、その人の有限性や偏りや、どこか危うい感じがにじんでいるものに、人は反応する。
今回の対談で一番印象に残ったキーワードの一つが、「1年生に戻る力」でした。為末さんは、現役時代に一度でも重宝されたアスリートほど、セカンドキャリアで初心者に戻るのが難しくなると話されていました。
これからの時代、「AIで何ができるか」以上に、「自分は何を問いたいのか」が差になっていく気がしています。AIを使うスキルよりも、AIに渡す欲望や違和感の方が、最終的なアウトプットを左右する。
最近よく言われる話だけど、今の教育ってほんと難しそう。
ぼくが知る日記文化にかつてあった感触を思い出すと、そこにはもう少し違う空気があった。日記は基本的に書き手のために書かれており、それを「そっとインターネットにおいておく」。あて先が読めないまま投函された手紙のように、偶然誰かに届くかもしれないし、あるいは誰にも届かないかもしれない。この「誤配の気配」に、個人の日記の魅力があった。
本当に個人的な日記は、相変わらず見えないところで書かれている。形式に回収されない日記も、インターネットの片隅に残り続けている。それは「日記っぽさ」としては評価されないし、売れないし、多分話題になるものとは違う形をしている。ぼくは、そんな日記が読みたい。
やたらと日記がもちあげられているけれど、という話。
わかるなぁ。
どういう展開になるかはさておき
一つの視点として、興味深かった。
・The circus family gets back on the road | The Observer(English)
アメリカの有名なサーカス一家について書かれた記事。
『So What / Miles Davis』
説明不要の名盤『カインド・オブ・ブルー』の冒頭を飾る一曲。
ジャズってなんやねん、という人にも聞いてほしい。
マイルス・デイヴィス生誕100周年ということもあって、
Spotifyプレイリスト作ってみたのでよかったら聴いてください。
・『Shine Heroes / Federico Estol』
国際的な写真イベント「京都グラフィー」で印象に残ったアーティスト。
ウルグアイ出身のフェデリコ・エストルによる協働型写真プロジェクト
『シャイン・ヒーローズ』。
ボリビア・ラパスの街頭で働くストリート・ワーカーたちに対する嫌悪的な偏見を払拭することを目的として2015年に始まり、60人の靴磨き職人たちと彼らのためのチャリティ新聞『Hormigón Armado(鉄筋コンクリート)』とのコラボレーションによって発展を遂げてきました。
近所では、彼らが靴磨きの仕事をしていることは誰も知りません。街の中心部へ向かうときは顔を隠しているので、家族でさえかれらがどんな仕事をしているか知らないほどです。マスクは彼らの最強のアイデンティティであり、自分たちを見えなくするのと同時に団結させます。この集団的な匿名性こそが、他の社会と対峙する際に彼らをより強くし、仕事によって被る排除に対する抵抗の手段となっています。
村上龍が『限りなく透明に近いブルー』で作家デビューしてから
6月に50年周年を迎えるんだそう。
朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』を読んだ後、
Audibleにちょうど『イン・ザ・ミソスープ』が配信されていたので、
あとがきで村上龍がこう書いていたのも印象的だった。
どれだけ小説を書いても、日本的な共同体の崩壊という現実に追いつかない。
軽い文章も書いてみたりも。
→『イン・ザ・メガチャーチ』と『インザミソスープ』の狭間で。
表紙の装丁も“Kind Of Blue”な青のイメージ、
サイコな登場人物フランクの特徴を捉えていてすごい。
2026年6月は話題のSF長編、
『マイ・ボディ・オン・ザ・ムーン』(矢野アロウ)を読む予定です。
・「BookStack」のニュースレター読書会で2026年に読みたい本たち
僕が書いたブログを振り返るコーナー。
・LGBTQ+ニュースレターでの2024年の振り返り🍩
→ひさびさにドーナツレター配信しました
「So What?」と言いたくなるようなことばかりが起こる5月だった。
けれど、ドラクエ12の続報があったのが嬉しかったな。
(今回のニュースレターのサブタイトルはドラクエ8のパロディだったり
『マイ・ボディ・オン・ザ・ムーン / 矢野アロウ』の上巻が試し読みできるようになったので、みなさんも6月はSFの世界にのめり込んでみてはいかがでしょうか。

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