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Utsuroi by Chikyuyuei · Jun 28, 2026

#101 ヒモ昇段ミッション疑惑

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Miyuki Suto · Utsuroi by Chikyuyuei

今回はPodcastの文字起こしをベースに、おたよりをお送りします🕊️

私は先日まで、ハワイ州のマウイ島に1週間ほど行っていました。戻ってから5日ほど経つのですが、この6日間が、それはもう濃密で。毎日すごい勢いでアップデートが続いていて、もう自分でもうろ覚えになっていることが出てくるくらいです。

その熱が冷めないうちに、今日の私を残しておきたくて、マイクの前に座りました。

はじめに、ひとつだけ。 今日お話しすることは、全部わたしの主観、わたしから見えている景色の話です。誰かが悪いとか、誰かが正しいとか、そういう話ではまったくありません。心のどこかにそのテロップを貼ったまま、聞いて(読んで)もらえたら嬉しいです。

マウイの滞在中、まず夏至を迎えました。その翌日、ちょっとハードなドライブがあって。片側が崖の道を100キロ、正面衝突の危険を何度か感じるような道のりを越えて、究極の過緊張と、その後の安堵という、振り幅の大きな体験をしたんです。

その直後にスマホを見たら、お仕事関係のご連絡が届いていました。

ものすごく端折ると——4月ごろにも、お仕事で「ちょっと怒られた」体験があって。私への期待値と、私が思っていたものが、まるごとずれてしまっていたんですね。今回もそれに近くて。契約で時間や単価は決まっているけれどその中で「全然アウトプット出していないよね」というようなお話でした。

そういう連絡を受けると、私はパニックになるんです。楽しかったマウイの旅が一瞬で吹っ飛ぶくらい、「どうしようどうしよう」「ごめんなさい、ごめんなさい」で頭がいっぱいになって。

——でも、本当に話したいのは、そこじゃないんです。

それを踏まえたうえで、「もう、すみませんけど無理です」と、両手を挙げて降参して、白旗を掲げるようなイメージが浮かんできた。そのことを話したくて。

もともと8月末まで走る契約だったものが、急速に前倒しになって、今月(あと3日ほど)でおおよそ終わります。7月・8月は最低限のことだけ。来月入る分から、目に見えてはっきりわかるレベルで収入が激減する、という状況になりました。

これまでの延長線上で続けてきたもの、過去の自分が「成功パターンだ」と思い込んでいたもの——それはもう無理なんだな、ということを、心底、腹落ちしたんです。

このまま再びニートに突入するのかどうかは、まだわかりません。明日には状況が変わるかもしれないし。でも、青虫がさなぎになったらドロドロのスープになってしまうように、そもそも青虫には絶対に戻ることはない——そんな象徴的な体験を、今しているような気がしています。

去年も半年ほどニートをしていた時期があったので、比較がしやすいんです。でも、去年の自分と今の自分は、やっぱり違う。

去年の私は、自分の人生に対して「お客様マインド」で、腕を組んで仁王立ち。「私が満足するものを、誰か持ってこいや」みたいなスタイルでした。でも今は、そうじゃない。「さあ、ここでsuto miyuki選手、どうします?」という感じで、それが売り上げにつながるかどうかは一旦さておき。今、私は本当は何がしたいのかな、どうしたいのかな、というのを、何度も何度も自分に聞いていく——そんな感じなんです。

最近ハマっているのが、インスタでの投稿です。

7〜8年前に買った高級コンデジ(コンパクトデジタルカメラ)を今でも持っていて、そのカメラで「美しいな」と思った景色や場面を切り取って、そこにクラシック音楽縛りでぴったりなものを組み合わせて表現する。そういう、自分の中でつくった小さなゲームに、すごくエネルギーが注がれているんですね。

お仕事の連絡で目の前が真っ暗になったとき、直感的に浮かんだお友達がいて、連絡したんです。そこで言葉になったのは——私は本当は、自分の世界観にずっと没入していたい。便宜上の言い方をすると、一人でいたい。誰かとコミュニケーションしなくてもいい。それ以上に、たとえ意味がなくても、誰にも見つからなかったとしても、黙々と絵を描いていたい、自分の興味のあることだけにハマっていたい——そういう欲求があるということ。

それが、月明かりに照らされたように、ふっと浮かび上がってきました。これは今回初めて気づいたことじゃなくて、もともとずっとあったもの。本当はそうしていたいのに、他者の評価や意見、数字みたいなものにパッと意識が向くと、すごくショックを受ける。そういう体験が、ここ最近続いていたなと思います。

マウイで、本当にちょっとした誰かの言葉や、何気ないワンシーンを経て、くっきりしたんです。 私は、私の変態性や才能みたいなものに没入していたいし、私自身にずっと見とれていたいし、私という原石を、生涯磨き続けていたい。

その流れで、コンデジで撮った写真にクラシック音楽を合わせてアップしているのですが、たぶん私、自分の投稿を誰よりも繰り返し見てるんですよ。「天才やな」ってすごく感じたり、「あれ、私、自分に嫉妬してるな」と思ったり。「なんだこれは」って、今日ちょうど思いました。

以前なら、周りの素敵な感性を持つお友達に「これは真似できないな」「羨ましいな」と嫉妬していたんだけど——本当は、私は私に嫉妬していたのかもしれないし、嫉妬していたかったのかもな、と。今の私は、自分自身に見とれていて、嫉妬もしているから、他の誰かが羨ましいということが、あんまりないんです。

絵を描いているときって、その瞬間にしかいないんですよね。前後で頭がぐるぐるしていても、描いている間はそこが空っぽ。私の感覚では、真空空間みたいな感じ。絵も、文章も、こうして話していることも、だいたいが「自動書記的」で、空っぽの状態にビューンと流れ込んできたものが、そのまま出てくる感じなんです。

最近気づいたのは、自分に「本当はどうしたい?」と聞いてあげられるように、以前よりなってきたこと。

前は、聞いてもよくわからないし出てこないなと思って、ポイッと放っていました。でも、「答えられなくても大丈夫」「わからないなら、わからないままで今はいい」という前提で、何回も何回もノックし続けると、やっぱり出てくるんです。それを自分のペースで、できることから叶えてあげる。すると、叶えてあげればあげるほど、「本当はこうしたい」が倍々で出てくる感覚があって。

「本当はこういうのしたいな、食べたいな、旅したいな」もそうだし、逆に「本当はこれはやりたくなかった」も出てくる。今日書いたものだと、「本当は具沢山なサラダを食べるのが好き」「本当はお酒は、私にはそんなにいらない」とか。

これまで、人のニーズには過敏なくらい気づくのに、自分自身のことは後回しにしたり、雑に扱ってきたな、と。「ごめんね」という気持ちにもなりました。

マウイの最後にお仕事の連絡が来て、「期待に応えられなくてごめんなさい」という声が聞こえていたけれど——あれは、私が私に対して「期待に応えられなくてごめんね」と言っていたんだな、と気づいたんです。それがわかった今でも、ふとした時に「ごめんなさい」の声が出てくる。そのたびに「いいんだよ、やりたいことをやろうね。こっちこそごめんね」と、生きている限り何度でも言ってあげたい。そう思っています。

私には「一発当て太郎」というところがあるんだけど。最近は、一個一個のビーズは小さくても、それが溜まっていくとブレスレットになっていく——そんなイメージでいます。

今日は久々に完全オフで、台風も来ていたので寝たりもしていました。その中でも「今、どうしたい?」と聞いて、「疲れたから寝ていたい」と言えば、「わかった、まずは寝ようね」。「お昼はこれが食べたい」と言えば、「わかったよ、じゃあ起き上がるタイミングで作るね」。そんなふうに自分を折り合わせていたら——歌が、ふっと出てきたんです。

2〜3年前に、あるプラントメディスンのセレモニーに参加したとき、シャーマンに言われました。「あなたは宇宙から、歌を歌ってというメッセージが来ているよ。歌なら、恥ずかしいことも伝えられるし、日本語はライトランゲージっぽいところがあるから」と。そして、「もし歌が歌えなくなってきたな、最近全然歌っていないな、という時は、ちょっと注意してみて」と。

「ほへー」と思っていたんですが、今日、ふと歌い出したんですよね。

この数日、久しぶりにクレヨンを手に取ってキャンバスに描いて、写真にしてアップして、それが売れたりして。そういうものを一個一個のビーズみたいに積み重ねていったら、歌が出てきた。

思えば2ヶ月前、今年4月に淡路島に行ったときも、「あなたは歌と絵をやりに来ていますよ」と言われたんです。淡路島では、なんだかご神託を受け取ってくるような感じがあって。本当かどうかは、私はどっちでもいい。でも、そういう世界線・パラレルがすごく面白そうだなと思ったし、それを採用する自分でいたいと思ったから、採用することにしています。「歌や絵を、出し惜しみなくどんどん出していきましょう」と言われて、それがこの2ヶ月で、少しずつ形になってきました。

今は昔描いた絵じゃなくて、毎日ペンと紙を取って描いたものを、とにかく気軽に投稿する。美しい写真とクラシック音楽を組み合わせる。そんなサイクルに入っています。そのエネルギーが回っていく中で、ずっと恥ずかしくて腰が重かった「歌を録る」ことも、ふっとやり方のイメージが湧いてきた。昔よく聴いていた曲をカバーしている、全然知らないアーティストのリール動画がたまたまおすすめに出てきて、「この曲、カバーで歌いたいかも」「こういう感じで撮ればいいのか」「じゃあマイクとヘッドホンをメルカリで用意しようかな」と、必要なステップがパッと見えて。見えると早いんです、私。

因果関係は説明できないけれど、「すべてが前兆だな」「うまいことできてるな」としか言えない感じです。

鴨川みたいに、川に飛び石があって、橋みたいに渡れる場所ってありますよね。あのイメージなんです。

遠くのほうは霞んで見えないから、渡るのが怖いし、どこにつながっているのかもわからない。でも、一つ先の石に踏み出すと、その先の景色が少しだけ見える。また踏み出すと、「あ、ここに石があるじゃん」「ここに対岸があるじゃん」「ここに新しい道があるじゃん」と、進んだからこそ見えてくるものがある。今、まさにそれを体験している気がしています。

お仕事はなくなる。でも7月から、再び「時間持ちさん」になるので、私の中に時間的にもエネルギー的にも、確実にスペースができている。そのエネルギーが、今は創造のほうへ向かっている。「よっしゃやるぞ」とも少し違って、ちょっと思いついたことを、石をホップ・ステップ・ジャンプするように、気軽にやってみる。特に結果は期待していません——そんなターンが、今このNow Now、Just Nowな感じです。

今日の話は、「いい話したったわ」みたいな手応えがまったくないくらい、自分でも何を話していたんだろう、という感じなのですが。

このプロセスはそう長くは続かないだろうし、今話しておかないと、たぶんもう話せなくなりそうで。書こう、アウトプットしようとした瞬間に新しい感覚が来て、ターンが終わってしまう——それくらいリアルタイムで進んでいる最中なんです。今話していることも、きっとすぐに変わってしまうと思う。でも、「一旦、今の自分を話せたぞ」と思えました。

本当はもっと事細かに、ニュアンスまで伝えたい自分もいるので、ちょっともやっとするけれど。エネルギーで伝わっているだろう、伝わってくれ、というところで締めくくります。

私はまた時間持ちさんになります。水のように流れて参ろうと思います。宇宙からの壮大な試し(実験)だと思って、適度に病んで、適度に不安もやりながら、過ごしていきます。

聞いてくれて、ありがとうございました。 コメントや感想など、何かあれば連絡をもらえたら嬉しいです。大切に読ませていただきます。

それでは、また次回お会いしましょう。

Read the original on miyukisuto.substack.com

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