『Lobsterr Letter』は、毎週届くニュースレターです。世界中から、未来の兆しになるようなビジネスやカルチャーについてのニュースを集め、感想や考えを添えてお届けします。
今週はお休みです
スロップ時代に何が残るのか
AIはコンテンツのロングテールを無限に伸ばしている。この『The Rebooting』の記事は、その豊かさがもたらす弊害について書かれている。誰も読まない本、誰もダウンロードしないアプリ、開封されないニュースレター、聴かれないポッドキャスト。コンテンツの供給は無限になったが、人間のアテンションは有限のままだ。
この構造はいまやアプリにも当てはまる。この記事内で紹介されているグラフが示すように、エージェンティックAIの台頭以降、iOSのアプリリリース数は2024年比で1.8倍近くまで急増している。しかし実際に使われているアプリの数はほぼ横ばいで、レビュー数はむしろ減少している。作られるものは増えたが、使われるものは増えていない。
AIが実現しているのは、より多く、であってより良くではない、と筆者のブライアン・モリシーは言う。問題は量だけではなく、同質性にもある。PVやアルゴリズムを追いかけた前の世代が似たようなコンテンツを量産したように、AIも出力を均質化させていく。作家のヤン・マーテルは「AIで文章を書くのは、誰かにお金を払ってセックスさせるようなものだ」と言い、The EconomistはインターンシップのサンプルライティングにAIを使わないよう求めるほどだ。
AI生成コンテンツ、いわゆる「スロップ」を礼賛する人々は、それを「民主化の果実」と呼ぶ。しかし読書は情報のインプットだけでなく、そのプロセスそのものに価値がある。それは必要な摩擦であり、その摩擦こそが未来を考えるためのシグナルになる。手間をかけることが本物らしさの証明になる。
AIによる同質化の圧力は逆説的に、有機的に育ったニッチなメディアブランドに道を開くのかもしれない。過度に設計されたものは人々にすぐ伝わり、拒絶される。ウェブ上にも、AI向けに構造化された情報層と人間向けの層が分かれて共存する未来が来るかもしれない。
Infinite Long Tail The Rebooting
エンタメの脱グローバル化
サッカーW杯の開会式テーマ曲は5カ国語で歌われた。世界が一つになるような光景だが、この『The Economist』の記事ではその裏側で、エンタメが静かにローカル回帰している現象について伝えている。
SpotifyやNetflix、YouTubeは、誰もが同じコンテンツにアクセスできる環境を作った。その恩恵を最も受けたのはテイラー・スウィフトやMr.Beastのような一握りのアメリカ発メガスターだった。だが、その下の層では逆のことが起きている。ブラジルでは先週最もストリーミングされたアーティストの96%がブラジル人だった。Netflixの新規制作における北米の割合は過去6年で70%から36%に半減した。YouTubeのトレンド動画の75%は、一カ国でしかトレンド入りしない。モバイルゲームでも、主要5市場でトップ10に全市場共通でランクインするアプリは一つもない。アメリカではFortniteが人気だが、アジアではFree Fireに移行している。
背景にあるのは、コンテンツの制作・流通コストの低下だ。CDや映画館、ゲームソフトの時代は、グローバルに展開することに大きなスケールメリットがあった。今は小さなニッチ市場を狙う方が採算が合う。インドではYouTubeに投稿されるコンテンツの半数以上がヒンディー語以外の地方言語によるものだそうだ。また、成長する世界の中間層も追い風になっている。Netflixがメキシコ向けの大作ドラマを制作し、「フリーファイア」の開発者がインドのゲーマー向けにボリウッドのテーマを取り入れるのも、それが経済的に成立するからだ。アルゴリズムもローカルコンテンツをプッシュしている。ドイツでは国内ラジオのトップ100にドイツ語曲が4曲しか入らないのに、ストリーミングでは44曲がランクインした。
アメリカは依然としてYouTubeやアプリストアといった配信・流通プラットフォームを握り、収益の多くを得ている。しかしコンテンツそのものへの支配力は失われつつある。音楽ではブラジル、ドラマでは韓国、ゲームでは中国が存在感を増している。カナダのように地元コンテンツの割合をラジオ局に義務づけるような規制ではなく、テクノロジー自体がローカル回帰を促しているというのが著者の見立てだ。ワールドカップは世界の目をアメリカに集めるが、ソフトパワーの地図は静かに書き換えられている。
The World Cup Paradox The Economist中国で「バーチャル両親」が流行る理由
この『BBC』の記事は、中国の若者たちが Douyin(中国版 TikTok)上の「バーチャル両親」に慰めを求める現象について伝えている。
上海でウェブ開発に携わる33歳のヴィンセント・ジャンは、食事のたびにスマホを取り出し、見知らぬ中年夫婦の動画を確認する。パン・フーチエンとジャン・シウピンの夫婦は約200万人のフォロワーに向けて、「最近、仕事や勉強で疲れていない? 無理しないで。お父さんとお母さんは、あなたがたくさん耐えてきたのを知っているよ」と語りかける。コメント欄では多くの若者が二人を「お母さん」「お父さん」と呼び、近況を報告し、誕生日の祝福をねだるのだという。
この背景には、世界第二の経済大国で安定と繁栄のなかに育ちながら、パンデミック後の停滞と15%を超える若年失業率に直面し、成功への圧力と家族の期待に挟まれた世代の疲弊がある、とこの記事は分析している。例えば、若者たちは実の親との週一回の電話は「始まった瞬間から自分の選択がすべて間違いとして訂正される」場になり、政府系メディアが「孝」を持ち出して若者をなだめようとしても、ヴィンセントは「親の苦労は理解できる。でも自分の世代の傷もある」と語る。28歳のジャオ・シュエンは家族チャットをミュートし、押しつけがましい親心を「瓢箪スープ文学」と呼ぶミームで笑い飛ばす。
記事を読みながら、ヴィンセント自身がこの夫婦を「おそらく企業と契約して量産している」と承知している点が印象に残った。この夫婦たちの「慰め」が商品だと見抜いたうえで、それでも「何もないよりはわずかな温もりがあるほうがいい」と言う。親子の断絶という普遍的な痛みを、消費の対象として解決しようとするこの光景は、近い将来、普遍的なものになっていくのだろうか。
Vincent’s parents ‘never say he’s good enough’ - so he turned to a middle-aged couple online BBC
税制の実験場としてのカリフォルニア
この『The New York Times』の論考は、2026年11月にカリフォルニア州民の投票にかけられる「Billionaire Tax Act(億万長者税法)」について、起草のサポートをした経済学者のサエズとズックマンの両名が解説したものだ。
この法案で提案されているのは、州内の億万長者の純資産に対して5年かけて一度だけ5%を課す富裕税で、可決されれば億万長者に課税する制度として世界初になる。記事はまず1978年の住民投票で可決された「プロポジション13」を引き合いに出す。この時カリフォル州は減税の流れのスタート地点だったが、今度は逆方向への転換を先導しうる。もちろん、こうした議論を後押ししているのは、シリコンバレーが生んだ歴史的な富の偏在だ。州の最富裕層約250世帯(全体の0.001%)の資産は、州の年間GDPの半分以上に達する。2019年から2025年にかけて彼らの資産は年平均15%超で膨らむ一方、州所得税として払っているのは資産の年0.26%にすぎない。富の大半は株式という「売らなければ課税されない含み益」であり、富裕層たちは、その株を担保に低利の借入をすることで無税のまま大金を使えてしまう。こうした考えに対しては、富裕層が州外へ逃げたらどうするのか、という反論が常に存在するが、サエズとズックマンは、一度きりの5%という控えめな税が約1000億ドルを生み、連邦から失われる財源を埋めうると試算する。そして、たとえ全員が州外へ逃げても、現行ルールのままではその税収を取り戻すには25年かかると反論する。
記事を読みながら、富の集中をめぐる議論が最終的に「税の公平」ではなく「権力の集中」へと移るのが印象的だった。記事内で語られている、マスクの政権中枢入りを引き合いに、資産がいかに速やかに政治的支配へ転化するかを示した一節は、これが財政の話であると同時に民主主義の話でもあることを突きつけている。日本では富裕税はほとんど現実味のない議論に映るが、含み益に手をつけられないという課税の構造的限界は普遍的であり、いずれ国内でも問われる問いなのだろうと思った。
California’s Billionaires Pay Almost Nothing in Taxes. That Could Change. The New York Timesウェルネスという名の強迫
スマートウォッチやリングなど、身体を計測するデバイスは今や無数に存在する。この『The New York Times』の記事は、かつてバイオハッキングや健康最適化に傾倒していた人々が、そこから距離を置き始めている現象を取り上げている。
コンテンツクリエイターのアシュウィン・クリシュナスワミーは3年間、起床時間から飲酒やカフェイン摂取まで記録し続けた。習慣改善には役立ったが、やがてスコアを維持するために友人との外出を断るようになり、最適化のために最適化していることに気づいたと言う。栄養コンサルタントのエディ・ホーストマンは毎日の歩数への執着が増し、目標を達成するためにアパートを歩き回るようになった。「これはウェルネスではなく、フィットネスのラベルを貼った不安でしかない」と彼女は語る。
南カリフォルニア大学の精神科教授アダム・フランクは、ウェアラブルデバイスが強迫性障害を持つ人々の症状を悪化させうると指摘する。より広い層においても、身体のトラッキングが、健康のための手段からそれ自体が目的に変わってしまうケースがあるという。
計測をやめた人々は、睡眠・食事・運動の習慣は維持しながら、メンタルヘルスが改善したと語る。これはアンチ・テクノロジーというよりは、ツールと自分の関係を問い直し、数値より先に自分の体の声を聞くようになったということだろう。自分自身もうまくバランスを取っていきたいと思った。
They Tracked Fitness, Food and Sleep Obsessively. Now They’re Tuning Out. The New York Times
🌿 Cool Things of the Week
雑誌『POPEYE』50周年記念号に、Lobsterrへの取材記事が載っています。
是非手に取ってみてください。50周年おめでとうございます🎉
WHOLE CITY BOY CATALOG
eps.189 : Reading Inequality|Apple Spotify
読書の男女格差 / 政治評論は退屈であるべき / W杯に見るディアスポラ時代のナショナルチーム / アテンション時代の野球改革 / ウィムジーという救命ボート / ソバーキュリアスのその先
eps.188 : Deliberate Humanness|Apple Spotify
アナログ回帰は幻想だった / レコード復活の次はDVDとBlu-rayか / ちゃんとしていなさが価値になる時代 / ウェルネス冷蔵庫という新しいトレンド / 新時代のデザイナーに求められるもの
eps.187 : Myth and Scarcity|Apple Spotify
家族の形の再設計 / マイクロドラマ量産工場の舞台裏 / Therapy Speakのその先へ / 平等の先にある、非対称な恋愛
Lobsterrのメンバーシップ「Lobsterr Friends」が始まりました。「活動を応援したい」と思って頂ける方が、金銭的にロブスターをサポートできるプログラムです。コンテンツに対する対価ではなく、応援の気持ちとしてのプログラムですが、編集後記ポッドキャスト、コミュニティ、イベントやグッズへの先行案内などの特典をご用意しております。ご興味ある方はこちらまで。
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