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久我レイジ · Aug 21, 2026

15万PV。派手なことは、何ひとつ起きなかった

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久我レイジ · 久我レイジ

どうも、久我レイジです。

今日、noteの累計PVが15万を超えました。

ものすごい数字かと言われれば、もっと読まれている人はいくらでもいます。それでも僕にとっては、ちょっと特別な15万PVでした。

本気でnoteを書こうと決めたのが、昨年の7月29日。

そこから約1年、振り返ってみると僕がやってきたことは本当に地味です。できるだけ毎日書いて、自分がやったことや考えたことを残す。反応が悪い日も、ほとんど読まれない記事があった日も、それでもまた次を書く。

結局、それを繰り返してきただけでした。

SNSを見れば、「爆伸びしました」「一気にフォロワーが増えました」といった投稿が流れてきます。

そんなものを見ながら、地味に記事を書き続けている自分が、とんでもなく遠回りしているように感じたこともありました。

でも、ある時から考えるのをやめました。

もう、コツコツやるしかない。

毎日書いて分かったのは、読まれる記事を当てる能力より、外した翌日にも書ける能力の方が大切だったということです。

時間をかけた記事が驚くほど読まれない一方で、何気なく書いた昔の記事が後から読まれることもある。だから今は、1記事ごとの数字に以前ほど一喜一憂しなくなりました。

今回15万PVを超えて嬉しいのはもちろんですが、それ以上に大きいと思っているものがあります。

1年前の僕が何を考え、何に悩み、どんなことに挑戦して、どこで失敗したのか。それが文章として残っていることです。

SNSの投稿は流れていきます。でも記事は残る。

メタバースドラマ、AIを使った創作、WordPressの開発、発信について考えたこと。実際に自分で経験したことを書いているうちに、noteそのものが僕の活動記録になっていました。

最近はSubstackでも発信を始め、自分の実験や一次情報を残す場所としてKR LABも作っています。

1年前は、ただ記事を書いていただけでした。

今は、Xで出会ってもらい、noteで深く知ってもらい、Substackでつながり続けてもらう。そして、実際にやったことや数字、検証結果はKR LABに残していく。

僕の中で、「発信」という言葉の意味そのものが少しずつ変わってきています。

15万PVまで来て思うのは、派手に伸びた記事より、誰にも読まれなかった日の方が意外と覚えているということです。

それでも書いて、また外して、それでも翌日に書く。

気づけば、その繰り返しが15万PVになっていました。

今回、ここでは書き切れなかったことも含めて、noteではもう少し深く書いています。

「バズらなくても、書き続ける意味はあるのか」

もし今、発信していてそんなことを少しでも感じているなら、読んでもらえたら嬉しいです。

僕が約1年書き続けて、15万PVまで来て初めて分かったことを残しました。

続きはnoteで◀️

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