バージニア・ジュフレの新たな写真が公開された。そのキズは悲惨である。
ロリコン性犯罪者ジェフリー・エプスタインの被害者であり告発者のバージニア・ジュフレ氏は、2025年4月25日に「自殺により死亡した」と家族が発表した。
4月25日の夜、オーストラリアのニアガビーにある彼女の自宅兼農場で、意識不明の女性がいるとの通報を受けて救急隊が駆けつけたが、その場でジュフレ氏の死亡が確認された。不審なところはないという。
しかしネットでは「誰が自殺など信じるんだ?」と疑問の声が相次いだ。――そうなるのも当然だろう。
なにせエプスタイン案件である。イギリス王子、VIP、億万長者、政治家、セレブ、芸能人、学者、その他を巻き込んだ闇深い未成年性的虐待・性的人身売買事件だ。
バージニア・ジュフレ氏は16歳と17歳の時、エプスタインに強制されてイギリス王室のアンドルー王子と性的関係を強要されたと主張し、2021年8月にアンドルー王子に対して民事訴訟を起こした。
2022年2月15日に和解し、アンドルー王子側が多額の和解金を支払うことで合意した。この件でアンドルー王子は英王室からほとんどの権限を剥奪された。彼女は一役有名になった。
トランプ大統領はエプスタイン文書を公開すると述べたが、パム・ボンディ司法長官はこれまでほとんどが公開済みの文書を公開しただけで、未知の文書はまだ公開していない。近い将来公開すると言っているが、約束は果たされていない。
何かとんでもない闇が隠されていると疑われても仕方がないだろう。
経緯を整理しておく。
3月30日、バージニア・ジュフレ氏は突然インスタグラムにアザだらけの写真をアップし「バスと衝突し、腎不全に陥り余命4日と宣言された」と投稿した。
この投稿で彼女は「泌尿器科の専門病院に移された」といい、気になる一文を残した。
「逝く準備はできている。ただ、最後にもう一度ベイビーたちに会うまでは・・・」ベイビーたちというのは彼女の子供のことだろう。
この投稿は世間をザワつかせ、彼女はふたたび注目を浴びることになった。メディアやタブロイド紙が裏取りに奔走したのは言うまでもない。
ところが彼女の投稿はすぐに疑問視された。バスの運転手は「大げさだ」といい、警察も「負傷者は出ていない」と否定したからだ。
・・・彼女が死亡したのはその約1ヶ月後だった。
いったい彼女に何があったのか?
バス事故は彼女の狂言だったのか?
自殺とされた死は何者かによる口止めのための陰謀だったのか?
今そのヒントが明らかになりつつある。
このたび英Timesは、ジュフレ氏の弟夫婦(実弟スカイ・ロバーツと妻アマンダ・ロバーツ)の証言や、ジュフレ氏の日記をスクリーンショットで公開した。
それによると、どうやらバージニア・ジュフレは夫のDVに悩まされていたようだ。だとすれば、事故後のアザだらけの写真は夫からの暴力だったのか。
バージニア・ジュフレはエプスタインと知り合った頃からマッサージセラピストを目指していた。
エプスタインとその片腕ギレーヌ・マックスウェルにさんざん性道具として扱われた後、2002年に19才の時にタイ式マッサージを学ぶため、エプスタインによってタイのマッサージスクールに送られた。
そのタイで出会ったのが、オーストラリア出身の26才の総合格闘技インストラクター、ロバート・ジュフレである。2人はすぐに結婚し、エプスタインに米国には戻らないと伝えたという。
夫妻は3人の子ども(息子2人、娘1人)をもうけ、オーストラリアに住んだ。2013年からはアメリカに移ったが、2017年頃にオーストラリアに戻った。
アメリカに住んでいた頃、弟夫婦(スカイ・ロバーツと妻アマンダ)はロバート・ジュフレの印象を「支配的で短気な人」だと思っていたという。しかしバージニア・ジュフレは夫の暴力について一切口にしなかったようだ。
2015年6月、ロバート・ジュフレは妻への暴行容疑でコロラド州で逮捕されている。書類によるとロバートは罪を認め、保護観察処分になった。
2017年に夫妻はオーストラリアに戻った。その頃バージニア・ジュフレが書いた日記の中で、ロバートが仕事をやめ、朝8時から夕方までほとんど毎日酒を飲むようになったと主張している。
その後の日記では、夫ロバートは彼女がエプスタインを裁くキャンペーンの顔になり、世間の注目を集めることに不快感を抱くようになったと主張した。「妻の功績を褒めるどころか、嫉妬し始めた」と書いている。
そしてより支配的になり、怖くなっていったという。
家族によると、バージニア・ジュフレが夫に離婚の話を切り出したのは2023年8月だったという。2024年には別居するようになったようだ。
2025年1月9日、ポイントとなるある事件が起こった。
夫妻は別居を続けていたが、この日は娘エミリーの15才の誕生日を祝うために、オーストラリア西部の海岸沿いにある貸別荘で再会したという。
このときロバートは、妻の部屋に行きセックスを求めたという。彼女が断ると急に攻撃的になり、何度も何度も殴ったと弟は述べている。
バージニアはこの暴力で、2023年に手術していた胸骨と背骨のケガを悪化させたようだ。
夫妻はこのDV事件を警察に報告したが、両者とも罪には問われなかったという。
しかし夫ロバートは、バージニアが入院している間に接近禁止命令を申請した。「妻から暴力を受けた。再び私と子供たちに暴行を加え、嫌がらせをすることを恐れている」と訴えている。
申請は認められ、バージニアは6ヶ月間、子供に会うことも連絡することも禁止されたという。
つまり別荘で誕生日を祝った日が、彼女が子供たちに会った「人生最後の日」になったのだ。
それから2ヶ月間、彼女は娘のエミリーに連絡を取ろうとしたという。そして3月30日のインスタグラムの投稿につながるのだろう。
「ただ、最後にもう一度ベイビーに会うまでは・・・」
弟のスカイ・ロバーツは車の保険関係を仕事をしていたらしく、3月30日のインスタグラム投稿で姉バージニアの車のキズを確認しにオーストラリアに向かったという。
ちなみにスカイ・ロバーツはバージニアにとって腹違いの弟だが、2人は双子のように仲が良かったという。
このとき姉は打ちひしがれており、メンタル的にも肉体的にも非常に苦しんでいたといい、「子供たちに会えないことが彼女を破壊した」と弟は述べた。
弟はその後バージニアが死ぬまで一緒に過ごし、前日には一緒にランチを食べて古着屋に行って楽しく過ごしたと語っている。
しかし翌日、バージニアは鍵がかかった自室で意識を失っていた。弟は通報し、救急隊が到着するまで心臓蘇生を試みたが、命は戻らなかった。
バージニアの代理人であるディニ・フォン・ミュフリング氏は、彼女が自殺を計画していたことを数週間前に打ち明けられていたという。
ミュフリング氏は自殺を思い止まるよう説得したが、バージニアはあまりに苦しみが深すぎて、これ以上は耐えられないと言っていたとのことだ。その言い方は感情的なものではなく、淡々としていたという。
バージニアは日記の最後で、子供達にメッセージを残した。
「あなた達の顔を見ない日々は、少しづつ光を失っていく。」
「頭の上には虹がかかり、そばに天使がいて、心の中には神がいる」
兄弟達は、バージニアの子供達に連絡を取ろうとしているが、返事はないという。
これが事実だとすれば、彼女の10代はエプスタインに破壊され、結婚してからは夫に破壊された。
代償として莫大な和解金を手にしたかもしれないが、今その金はどこに行ったのか。バージニアの遺体は夫ロバートに引き渡された。
ロバートは葬儀を行ったが、兄弟や家族は招待されなかったという。
バージニア・ジュフレ、享年41才。なんという人生なのか。
合掌。
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