おはようございます。お休みを頂き、有難うございました。ゆるくデジタルデトックスしながらゆっくり過ごせました。
四方八方、敵ばかりです。DS、中共、イスラム、日本政府…
目が開かれるほど、周囲は悪魔ばかりだと分かります。見えない人は何も分かりません。自分の暮らしの事だけ。見ようとさえしない。面倒臭いから。それがその人の選択です。
我々は家族であっても強制できません。とても歯痒いです。
でも諦めず、機会を見つけては語り続ける。それが愛です。
神様は、人間の自由を尊重します。それは愛です。
アダムとイブは、禁断の木の実を食べました。その判断は、彼らに委ねられていました。
これが、聖書の神様の基本姿勢だと僕は思っています。強制ではなく、選択。神様は人間を操り人形として造らなかった。
だからこそ、最初の人間は、選んで背きました。
イスラエルの民も同じです。神様と契約を交わし、従うなら祝福、捨てるなら呪いという条件が示されました。決めるのは、常に人間の側でした。
今の僕たちにも、同じ構造があります。神を受け入れ従うなら神の国へ、拒絶するなら神との永遠の断絶へ。ここでも神様は、選択を人間に委ねています。
自由を与えるということは、裏切られる可能性を引き受けるということです。神様は、その痛みを承知の上で、人間に自由を与え続けてきました。
しかも神様はずっと語り続けています。聞こえる人には聞こえる。見える人には見える。
僕はここに、脅しではなく、愛の形を見ます。
我々は神の側に立って戦っています。見える人には、これが善と悪の戦いだと分かるでしょう。
いつもブログとメルマガを読んで下さり、ありがとうございます。今日も素敵な一日でありますように、イエス様の御名によって祈ります。アーメン

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