有志のスタッフとして関わっている大阪の野外コンサート『春一番』が、5月3日、4日、5日の3日間の開催を終え、無事に終了しました。そして休む間もなくANTENNAライターの立場に舞い戻り、ライブレポートを3記事に渡って書き上げ、5月31日に公開を迎えました。今回は書きながら思い出していた、昔話を一つ。春一番レポートのアナザーストーリーです。
今回撮影に協力してくれたフォトグラファーの浜村晴奈さん、湊川萌さん、渡部翼さん、写真と原稿の確認に協力していただいた演者やスタッフの方々、そして自分と関係者の方々の間に立って連絡係をしてくれた春一番・福岡嵐さんに心から感謝申し上げます。
そして会場班として動きながらのレポートとなるので、別の対応をしておりやむを得ず観ることができなかったステージもたくさんあります。そのため全ての演者の方に触れることができていないことも、この場を借りてお詫び申し上げます。毎年心苦しさに苛まれながら、記憶に残っている光景を出来る限り書いている次第です。
ANTENNAでの『春一番』レポートは2019年、2023年に続いて3年目となりますが、2013年からずっと有志スタッフをしながら、個人のTumblerやnoteなど場所を変えながら書いてきました(観客として参加した2012年もブログに文章を残している)。今年も会場を巡回していると、何人ものお客さんから「峯くんレポート読んでるで」、「峯くんも随分長いことスタッフでおるよなぁ」と声をかけていただきました。こんな会場は他にありません。レポートを作ることは本当にしんどいけど、その声がすごく制作の励みになっています。
今でこそ、この場所にいさせてもらって、レポートを書くことを快く受け入れていただいていますが、有志のスタッフとして参加し初めて『春一番』について書いた2013年、今でも記憶に強く残っている出来事があります。
無事に開催が終わり、事務所でスタッフが集まり打ち上げをしていた時のことです。音楽ライターになりたかった当時大学生の私は今回の模様をレポートにして、ブログに載せたい旨を話していました。風太さんや嵐くんをはじめ、ほとんどの方はええやんええやんと言ってくれていたのですが、一人のベテランスタッフが私に詰め寄って来たのです。
端的に言うと今年から関わり始めたばかりの自分に『春一番』がわかるのかという旨でした。毎年物販で販売しているビレッジプレスの名物雑誌『雲遊天下(うんゆうてんが)』を「てんげ」とずっと間違っていることも気に障ったそう。それまでずっと気のいいおじさんが、酒の勢いを借りながらも怒ってくることの衝撃は21歳の私にはすごく大きかった。加えて『春一番』のことを自分の視点で書いて対外的に伝えようとすることは、断片だけを切り取ったものを一般化して流布してしまう危険性や暴力性を孕んでいる行為なのかもしれないということに、初めて気づいた瞬間でもありました(もちろん当時はここまで言語化は出来ていないが)。
ライターとしてもあまりに未熟だった私は、そのことをすぐに処理することができず、打ち上げ会場から大慌てで席を外し、誰もいないところに着くやいなやどばっと涙が流れました。すぐに嵐くんが追いかけてくれて、「気にしなくていいから」としばらく慰めてくれました。当時から今も何でも気にかけてくれる人です。打ち上げ会場では何人かがその叱責したスタッフをたしなめてくれていましたが、私はむしろ重要なことに気づかせてくれた感謝と自責の気持ちが強かったです。
今から考えれば新参者の自分に「何がわかる」と言いたくなるのもごもっともです。取材対象者から信頼してもらうために、身の振り方や努力の仕方、人との接し方をもっと考えなければならないと思った、かなりターニングポイントとなる出来事でした。
そのスタッフ自身、私に言い寄ったことは酔っ払っていて覚えていないようで、平謝りしながら翌年以降も毎年持ち前の調子の良さで接してしてくれました。そこからずいぶん経った数年後、一緒に会場の掃き掃除をしている時に「峯くん毎年文章よお書くなぁ」と褒めてくれたのです。そこで初めて心の中で「ザマアミロ」とちょっと思った記憶があります。そんなお茶目で友達が多くて、『春一番』を心から愛していた彼も2020年に亡くなりました。
『春一番』は常に私にとって、リスペクトに溢れた楽しくも厳しい場所です。今年も演者のみなさんからレポートにいただくフィードバックを噛みしめ、感謝し、反省しながら、改めて痛感しております。色んな人の協力のもと、色んな想いを抱え、引き受けながら、これからも書いていきます。

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