画面の向こうに、完璧な画像が並んでいた。
どれも破綻がなく、意図した空気も出ている。
それなのに手が止まった。
AI生成の速度は、既に人間の手を追い越しています。
プロンプトひとつで選択肢はいくらでも増やせます。
かつて「作る」ことに注がれていた時間は、いまや「選ぶ」ことへ移りつつあります。
ただし、速くなったのは作る側の話であって、見る側の目ではありません。
この状況に気づいている人は、まだ多くない印象です。
「使いこなす」という言葉は、いつのまにかプロンプトの良し悪しを指すようになりました。
でも本当に重要なことは、出てきたものを前にして「これでいい」と言い切れるかどうかです。
量産できるものが増えるほど、量産できない部分の値打ちは上がります。
AIが賢くなるほど、人間に求められる判断の解像度も上がっている皮肉な構造ですが、現時点での状況です。
かつて関所というものがありました。
街道の要所に置かれ、旅人を止め、通す者と通さぬ者を分けた場所です。
関所の役人が見ていたのは、持ってきた手形が本物かどうか。
それだけです。
ある仕事で、記事のサムネイル画像をAIで生成したことがあります。
仕上がり自体はまずまずでした。
破綻もなく、意図した雰囲気も出ていた。
それでも、どこか既視感があるんですよね。
独自性が薄い。
その一点で見送りました。
欠陥があったわけではありません。
むしろ整いすぎていたんです。
「どこかで見た顔だ」と、役人の判断に近いものが働きました。
別の案件では、逆のことが起きました。
出来が良すぎたんです。
生成された写真に写り込んだプロダクトが、あまりに精巧に再現されていて、正直最初は自分でも気づきませんでしたが、二度見してようやく引っかかりました。
実在する製品を模したような質感。
それらしいロゴの配置。
光の当たり方まで。
疑う隙がないほど整っていたことが、逆に引っかかった理由でした。
これは本当に、自分が通していい手形なのか...?
しばらく手が止まりました。
よくできた偽物ほど、関所では長く足止めを食らいます。
粗があるものの方が、むしろ疑われずに通ることもあります。
完璧というのは、意外と分が悪くなっているんですよね。
3つ目の判断は、もっと手前の段階でした。
生成に必要な情報そのものを、AIに渡すのをやめたんです。
その案件ではクライアントの世界観に深く関わる素材が必要でした。
AIに渡せば、それらしいものは出てくるでしょう。
でも「それらしいもの」で埋めてしまったら、本来その場所にあるべきだった判断ごと消えてしまいます。
単純にAIからの流出リスクを考えた結果でもありますね。
旅人が来る前に、道を閉じた。
関所にできる最も重要な仕事は、「開けない」と先に決めておくことかもしれません。
関所は、手形を1枚ずつ調べる場所である前に、開くか閉じるかを最初に決める場所でもあります。
何かが来てから判断するのではなく、来させるかどうかを先に決めておく。
これが最も「判断力の正体」に近いところにある気がしています。
判断力とは、瞬発的な勘のことではありません。
「これは違う」と言い続けた回数の蓄積が、いつのまにか基準という形を取ったもの。
関所の役人は、生まれつき目利きだったわけではないはずです。
何百枚もの手形を見て、何百人もの顔を見て、その中で「通さなかった」記憶が、次の1枚を見る目を養ったのだと思います。
マニュアルにできるのは手順まで。
断る理由の感覚は、本人の中にしか蓄積されません。
この話は、1人で作業している場面だけに限りません。
日々の判断の蓄積が、外から見たときの「その人らしさ」を形づくっています。
何を採用し、何を退けてきたか。
その積み重ねが、信頼の輪郭になります。
関所を設けず、来たものをそのまま通してしまえば、やがて何を発信しているのか外からは区別がつかなくなります。
同じ情報が同じ顔で並ぶ中で、「あの人の目を通ったもの」という信頼が残っているかどうか?
その差は、関所の有無の差でしかありません。
AIは旅人を無限に連れてくることができます。
量ではもう勝負になりません。
でも関所に立つかどうかは、AIには決められないんです。
あなたの仕事の中に、まだ関所は残っていますか?
それとも、いつの間にか誰でも通れる道になっていませんか?
お読みいただき、ありがとうございます
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