久しぶりに
白夜行を読み返してた。
人って世間に見せている
自分だけじゃない。
誰にも見せられなかった自分を
それでも知っている人がいる。
『白夜行』の笹垣は
亮司がしてきたことを知ってた。
父親を殺したことも
その後に重ねていった罪も。
それでも最後に
笹垣が見ていたのは
罪を犯した人間という
一面だけじゃなかった。
間違いだらけだった。
けれど、その人が
必死に生きてきたことも
知っていた。
だからこそ
あの言葉って胸に残る。
すべてを知っている人に
それでも「お前は、お前だ」と
見てもらえること。
もしかしたら
私たちにも必要なのは
そういうこと
なのかもしれない。
過去の自分を
なかったことにしない。
見たくない自分も
間違えた自分も
傷つけた自分も
あれは私じゃなかったって
切り離さない。
もちろん、間違いを
正当化する必要はない。
ただ、
あのときの自分には
あのときの自分なりの
精一杯があった。
そこから目をそらさずに
自分の過去を
まっすぐ見てみる。
そして
「そうだったね」と
少しずつ自分自身を
受け入れていく。
過去を受け入れるって
必ずしも過去を
肯定することじゃない。
過去の自分を
自分の人生から
追い出さないこと。
そうやって
自分の中にあった分離が
少しずつなくなっていく。
そしてやっと
今の自分を、そのまま
生きられるようになる。
ポストなし


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