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久我レイジ · Aug 24, 2026

「それ、AIが書いたんでしょ?」だから何なんだろう

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久我レイジ · 久我レイジ

どうも、久我レイジです。

今日二本目の記事です。

そして、今回は少し突っ込んだ記事を書いてみました。

最近、「AIで文章を書くこと」について考える機会が増えました。

僕自身、今はかなりAIを使って文章を書いています。

ただ、僕が違和感を持つのは「AIを使ったこと」そのものではありません。

例えば、「生成AIについて記事を書いて」と、お題だけ渡して、そのまま公開する。

あるいは、ネット上の情報をAIにまとめさせただけの記事を出す。

これだと、その人自身が文章の中にほとんどいないんですよね。

僕の場合は少し違います。

noteを書くときも、まず自分の考えや実際にやっていること、失敗したこと、迷ったことを音声でかなり長く話して、それをAIへ渡すことがあります。

そこから構成してもらい、文章を整えてもらう。

でも、出てきたものをそのまま使うわけではありません。

✅そこは違う
✅僕はそんなこと言ってない
✅ちょっと綺麗にまとめすぎ

そんなやり取りを何度もします。

僕がやりたいのは、文章を書くこと自体ではなく、自分が持っている情報や考えを届けることだからです。

もちろん、一文ずつ自分で書くことに価値を感じるなら、それでいいと思っています。

ただ僕は、AIを使うことで文章を書く時間を減らし、その時間を創作や開発、調査にも使いたい。

それに、AIは使えば使うほど「どこまで任せられるのか」「どこから人間が止めるべきなのか」も見えてきます。

AIを使うこと自体が、AIを知ることにもなっているんですよね。

もちろん最後の確認は必要です。

AIは普通に、本人が言っていないことまで、それっぽく補います。

だから僕は、AIが文章を書いたのか、人間が書いたのかよりも、その文章の中に、ちゃんとその人がいるのかのほうが気になります。

今はまだ「AIで書いた文章」というだけで特別視されます。

でも、AIが当たり前にある世代がこれから大人になっていけば、この議論自体も少しずつ変わっていくのかもしれません。

AIに文章を書かせないことを守るより、自分の中身までAI任せにしないこと。

今のところ、僕はその線でいいと思っています。

数年後には、また違うことを言っているかもしれませんけどね。

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