こんにちは、I&COです。このニュースレターでは、ブランドの視点でこれからの経営を考えるヒントとなるようなコラムや、I&COの最新情報を隔週でお届けしています。
今回のコラムは、ニューヨークを拠点に活動するレイ・イナモトによるコラム「ブランドをめぐる、4つの普遍的な問い」です。時代の変化を煽る言説があふれる今、ブランドをめぐる本質的な問いは、実のところ昔から大きく変わっていません。これからのブランド戦略を考えるうえで押さえておきたい普遍的な問いを、4つの切り口から提示します。
ビジネスやマーケティングに関する記事やYouTube動画を見ていると、その見出しには「激変する〇〇」や「〇〇の変化」といった決まり文句がよく目につく。とりわけChatGPTが登場した2023年以降は、「AI」と言えば読まれる、売れるといった空気すら感じるほど、時代の変化 × AIという言葉を掲げた記事や書籍があふれている。
もちろん、世の中が変わればブランドづくりの方法も変わる。だが、その根底にある本質まで変わるわけではない。変化に振り回されないためにも、今回はブランド構築における普遍的な問いを、次の4つの切り口から整理してみたい。
価値をどう証明するか
何をどう伝えるか
担い手は誰か
テクノロジーとどう向き合うか
マーケティングやブランドの世界では、7〜10年ほどの周期で「主役」が入れ替わってきた。かつて、その中心にいたのはCCOだった。だが2015年ごろから、その座はCMOへと移っていく。そして近年、その重心はCFO(チーフ・フィナンシャル・オフィサー)へ移りつつあると僕は考えている。
もちろん、CFOがマーケティングの表舞台に立つという意味ではない。企画を立て、実行していくのは、CCOやCMOだ。しかし、その企画にどれだけの予算を投じるかという判断には、CFOの存在が大きく関わる。
しかも今、ブランドはマーケティング部門だけのテーマではなく、企業価値や成長戦略に関わる経営課題になりつつある。だからこそ、ブランドへの投資を前に進めるには、CFOの理解を得ることが欠かせない。
問題はここにある。多くのCFOは、「ブランドが価値を生む」とは考えていない。
「ブランド=イメージ」「ブランディング=販促施策」と捉えられることが、いまだに少なくないからだ。そう考えれば、CFOがブランドへの投資に慎重になるのも無理はない。
ブランドがどのように事業や企業の価値を高めるのか。それを、ビジネスの言葉で語れるか?
ごく当たり前の問いのように聞こえるが、実はいま、多くの日本企業のマーケティングやブランド担当者が直面している壁でもある。
ブランドを一つの部署や担当者だけの責任にしている限り、議論は表面的な「ブランディング」の話にとどまり、成長戦略にはつながらない。
そのためにはまず、これまでも繰り返し述べてきたように、ブランドを「信頼による差別化」と捉え直す必要がある。そしてブランドをマーケティング施策の一つではなく経営の言葉で語り、経営陣が向き合わなければならない。
6月に行われたカンヌ・ライオンズで、ユニリーバのCMO、リアンドロ・バレト氏が語った「Poetry & Plumbing(ポエトリーとプラミング)」という言葉が印象に残っている。
ポエトリー(詩)は、ブランドの意味をつくること。プラミング(水道管)は、その意味を広く届けるための仕組みだ。「ポエトリーなくしては何も意味を持たない。プラミングなくしては何も広がらない」という考え方である。つまり、問われるのは「何を伝えるか」だけではない。それを「どう伝え、どう広げるか」までを一体で考える必要がある。
イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、人間を他の動物と分ける大きな特徴の一つとして、「ストーリー」を語り、共有する力を挙げている。ストーリーは、これからも重要だ。
ただし、その伝え方は変わっていく。多くの情報が、とりわけ若い世代の間では短尺動画を通じて伝わる今、長く語ること以上に、一言で本質を伝える力が求められている。俳句のように、短く、簡潔に、それでいて意味が残る言葉。そうした言葉こそが人の心に届き、誰かから誰かへと伝わりながら生き続けていく。
FIFAワールドカップ2026では、その原理がリアルタイムで証明された。
ノルウェー対イングランドの準々決勝を前に、航空会社のノルウェー・エアシャトルはInstagramでブリティッシュ・エアウェイズに、こんな賭けを持ちかけた。
「負けた国の航空会社が、勝った方のロゴを24時間プロフィール画像にしよう」
試合はイングランドが2対1で勝利。ノルウェー・エアシャトルは約束どおり、プロフィール画像をブリティッシュ・エアウェイズのロゴに変更し、さらにプロモーションコード「#FBALLCOMINGHOME」を使ったフラッシュセールを展開した。
すると、マレーシア航空やオーストリア航空までが自発的にこのやり取りに加わり、最後には両社が本社で握手する動画まで公開された。FIFAにスポンサー料を支払うことなく、32万を超える「いいね」を集め、大会を象徴する航空会社のマーケティング施策の一つとなったのだ。
ここには、「Poetry & Plumbing」の構造がそのまま表れている。
ストーリーは人を深く共感させる。一方でポエトリーは、一瞬で意味を伝える。
ノルウェー・エアシャトルが生み出したのは、誰もがすぐに理解でき、誰かに話したくなるシンプルなアイデアだった。そして、それを他の航空会社やファンたちが自発的に拾い上げ、広げていった。彼ら自身が「水道管」となったのだ。
もちろん、メディアの広告枠を買い、ストーリーを広げる方法もある。たとえば、ナイキのワールドカップキャンペーン「Rip the Script」は、著名なスポーツ選手を起用し、大規模な広告投資によって多くのビューを獲得した。
しかし、ワールドカップ期間中にSNS上で再生された関連動画の70%以上は、ブランド公式や著名人の投稿ではなく、個人のコンテンツクリエイターによる投稿から生まれていた。
これから問われるのは、どれだけ多くの広告枠を買えるかだけではない。「誰かに話したくなるポエトリーを生み出せているか」が、勝負になる。
次に問われるのが、「ブランドをつくり、伝える担い手は誰か」ということだ。企業に聞けば、「もちろん自分たちだ」と答えるだろう。ブランドの根幹を定め、仕組みをつくるのは、確かに企業の役割だ。
一方で、そのブランドを人々に伝える役割は、かつて象徴的な一人の人物が担うことも多かった。キリスト教ならイエス・キリスト、全盛期のNikeなら、マイケル・ジョーダンだ。
人は本質的に、企業ではなく「人」に共感する。
そして、情報の透明性がかつてないほど高まった今、企業が一方向に発するメッセージよりも、自分と同じ立場にいる人の言葉のほうが、信頼できると感じられる場面が増えている。ブランドを伝える「担い手」の輪は、企業の外側へと広がっているのだ。
企業がブランドの根幹をつくることはできる。しかし、そのブランドが最終的にどう受け取られ、どう語られていくかまで、企業が決めることはできない。その主導権は顧客の側にある。
アメリカのコスメブランド、e.l.f. Beautyはその象徴的な存在だ。既存の化粧品大手とは異なる立ち位置から成長してきた同社は、売上の約25%をマーケティングに投じ、数千人規模のマイクロクリエイターと連携している。さらに、560万人を超えるロイヤルティ会員から得たファーストパーティデータを組み合わせ、消費者とともにブランドをつくる仕組みを築いてきた。
そこでは、広告代理店や企業だけがブランドをつくる主役ではない。ファンやクリエイター自身が、ブランドを伝え、育てる担い手になっている。
さらに一歩踏み込んだ例がある。沖縄・恩納村にある、経営難に陥ったリゾートホテルの再建プロジェクトだ。
一時は稼働率が15%まで落ち込み、経営が行き詰まっていたこのホテルの再建を引き受けたのは、映像クリエイターでSNSコンサルタントの片岡力也氏だった。
片岡氏は、この取り組みを「ど素人ホテル再建計画」と名付け、再建の過程そのものをSNSで公開した。ホテル名から、客室のコンセプト、スポンサー、インテリアに至るまで、さまざまな意思決定にフォロワーを巻き込み、投票を通じてホテルを一緒につくり上げていった。
この再建を可能にしたのは、SNSで話題をつくる技術だけではない。人が参加したくなる過程をつくり、その参加の積み重ねをブランドそのものへと変えていく設計だった。ブランドは、企業が完成形を決めて一方的に届けるものから、人々との関係や参加の積み重ねによって形づくられるものへと変わっている。
つまり、ブランドとは企業がつくる「もの」ではない。その活動の先に生まれる「結果」なのだ。
2022年のChatGPT登場以来、AI企業の競争は「何ができるか」に集中してきた。より賢く、より速く、より安く。いわば、スペックの戦いだ。
そのなかでAnthropicは2026年初頭に、スペック競争とは異なる軸の広告を打ち出した。
Claudeの機能や性能は、一切語らない。代わりに描かれたのは、AIとの会話に突然広告が入り込む世界だ。フィットネスについて相談した男性には「身長アップインソール」が、母親との関係を相談した男性には「年上女性向けデートサイト」が勧められる。
そして、最後にこう訴える。
「AIに広告が来る。でも、Claudeには来ない。」
OpenAIがChatGPTへの広告導入を発表したことを痛烈に皮肉りながら、自社との違いをコメディーとして描いた広告だ。BGMには大御所ラッパーDr. Dreの “What’s the Difference” が使われ、「俺とお前の違いは何なんだ?」というメッセージが重ねられている。
ここでAnthropicが訴えたのは、「Claudeのほうが優れている」ということではない。「自分たちは何をするのか」ではなく、「何をしないのか」を示すことで、Claudeというブランドの違いを際立たせた。
広告公開後、ClaudeのDAUは11%増加し、AppleのApp Storeでは無料アプリのトップ10入りを果たした。ここで示唆的なのは、テクノロジーへの信頼が、機能や性能だけで積み上がるものではなくなっていることだ。何を大切にし、何をしないのか。そうした価値観や姿勢で勝ち取るものになり始めている。
こうした動きは、AI企業に限らない。
2025年、Doveは、AIによって人間を代替しない方針を公式に打ち出した。2026年前半には、アパレルブランドのAerieやフィットネス企業のEquinoxなども、AIでつくられたコンテンツに対して明確な批判を示すキャンペーンを展開している。
AIで「何ができるか」ではなく、「何をしないか」。
AIのツールやコンテンツがあふれるほど、この問いは重要になる。新しいテクノロジーをただ取り入れるのではなく、自分たちのブランドは何のために使い、どこに線を引くのか。明確な軸を持っておくことは、今後ますます重要になるだろう。
4つの問いを並べてみると、共通する方向性が見えてくる。
価値の証明は、「クリエイティブな評価」から「ビジネスの成果」へ。
伝え方は、長く語る「ストーリー」から、速く届く「ポエトリー」へ。
担い手は、「企業」から「消費者」へ。
テクノロジーとの向き合い方は、「何ができるか」より、「何をしないか」へ。
変わっているのは、手法や担い手、そして伝わり方だ。
一方で、価値を生み、それを伝え、人との関係を築き、信頼を積み重ねるというブランドの本質は変わらない。何が変わり、何が変わらないのか。その見極めこそが、これからのブランドを左右する。

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