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騒がしい夜の街

夜になると街は祭りのようになった。競技場の歓声が遠くで波打ち、ライブ会場の低音が建物の壁を震わせ、通りには照明が灯って、まるで毎晩が祝日の続きであるかのようだった。

けれど俺は、その輪の中には入らなかった。

窓を閉めた部屋でオーブンの中のグラタンを眺めているほうが好きだった。騒がしい街の中にありながら、自分だけが静かな場所にいる感覚があった。外から流れ込む音は不快な騒音ではなく、遠い焚き火のような暖かいノイズだった。世界が勝手に盛り上がっているのを背中で感じながら、俺はその熱の外縁で暮らしていた。

食べ終えたあと、空になった袋がベランダの隅で風を受け、かすかな音を立てた。その軽さを見ていると、自分の中からも何かが抜けていくような気がした。

人の行動は半分ほど自動で動いているのではないかと、だいぶ前から思っている。だから最近は、自分が何かを決めるというより、手や足に勝手に動いてもらっている感覚があった。夜中の二時ごろ布団に入ると、体の輪郭がゆっくり痺れていく。そのまま意識は沈み、心地よさと不快さの境目のような場所で眠った。

翌朝、布団の中でスマホを眺めていると、が肩甲骨を柔らかくする方法を説明している動画が流れていた。試してみると少しだけ肩が軽くなった。正月の朝に何も予定がなく、時間だけが静かに流れていた頃の感覚がふいによみがえった。まるで季節を間違えた正月の再来だった。

冷蔵庫に残っていた梅干しを口に入れる。少し酸っぱく、それでも甘みが残っていて、美味しかった。再び横になろうとしたが、寝すぎたせいで首も肩も固まっていた。枕の角度を変えるたびに鋭い痛みが走る。

自分だけが辿り着きたい場所がある。それは現実のどこかに存在するようでいて、同時に抽象画の背景のように曖昧だった。学問や理屈に落とし込めるものでもない気がする。それでも近づくための方法は探さなければならない。人生とは結局、そのための長い助走なのかもしれなかった。

そう考えながら横になっていると、体の奥で何かの改造工事が終わったような感覚があった。細胞が微かな合図を送ってきたような気がして、布団から起き上がる。これまでは何も考えずスーツを選んでいたのに、その日は自然と私服に手が伸びた。

家を出る前、鍵を確認した。もし倉庫の鍵なら、そのまま外へ出て確かめに行っただろう。しかし家の鍵だったので玄関に置き、部屋の電気を消した。昨夜は二時まで起きていたはずなのに、不思議と疲れは薄かった。

窓の外では、昨夜の祭りの名残がまだ街の空気に残っていた。人々はまた夜になれば歓声を上げ、光の下に集まるのだろう。

俺はその中心には向かわない。

ただ、その喧騒のすぐ隣を歩く。騒がしい世界に包まれながら、自分だけの静けさを持っている。その距離感こそが、今の俺にとっていちばん居心地のいい場所だった。